美しき彼女の日々は満ち足りていた。
あえてやることがないぐらいに毎日の生活が楽しい。
ああそうかそんなに美人であるのならさぞかし心が満たされておるやもな、と思われるだろう。
彼女には自分は醜いということについての劣等感は無かったが美人だということについての優越感もなかった。
そうなの? と問われるとしたらこう考えてみよう。
背の高い人がいたとしたらさぞかし毎日が楽しかろう、と尋ねたらどう答えるのか?
最高に幸せだよ! よりも別にそこまでは……と答える人はいるだろう。
そう生まれた時からそうであるものは強調する必要が基本的に無いのだ。
これが人生の途中で急に背が伸びたりしたら楽しくなることは確実であろう。
低い鼻を高くしたりとか、不細工な顔から整った顔に変身が出来たら鏡を見るのがさぞかし楽しくなろう。
そうであるため何かを自慢するのだとしたら他の劣等感を隠すためにするのだろう。
例えば頭が悪いことを気にしていたらその人はこう思う。
「でも自分は身長が高い」と。
そっちを隠してこっちを目立たせる、これもまた人間心理のひとつである。
そしてそれは他人との比較によって発生する。他人とは地獄であるとはこのことを指す。
優越感と劣等感は双子の姉妹または兄弟であり美と醜の関係でもある。
ではそういうものが無かったとしたら?
劣等感も優劣感もない状態、つまり他人と比較しないという意識を徹底していたとしたら美しき彼女みたいになるのではないか?
もちろん普通はこうはならない。
比較し競争したがる他の同性がいなくても女は嫌でも自分の美を意識しなければならなくなる。
何故なら女であり美しいということは前述したように狙われてしまうのだ。
悪から狙われやすいのが女であり美というもの。
そこから女は嘘吐きという罪を装備してしまう。女は力は弱く身体は軽い。よってさらわれてしまう恐怖は常にある。
そのために女は防衛手段に様々な悪を身につけ対抗手段をとりがちなのだ。
そのために性格が悪くなりそれが強さとなって身を護ることに繋がる。毒を持ちたがるのもそうであろう。
嘘や誤魔化しが多いのもそういったことが理由でもあり弱い犬ほどよく吠えるように弱いものほどよくイキリちらかすということだ。
だがこの美しき姉にはそういうところがなかった。する必要が無いのだ。
何故なら彼女は既に護身が完成しているからである。
その屈強なる守護者たる醜女の妹によってだ。
例えば常に自分の傍にいてくれる熊がいるとしたら誰も彼女を狙わないだろう。
狼でもいいし鯨だってよくなるなら機関銃だってよろしい。
絶対に自分を守ってくれる最強の獣や凶器が傍にいるとしたら毒など持つ必要はなく性格も濁らないで済むのではないか?
もちろん地の性格というものは当然にある。生まれつき凶暴で性悪ということは間違いなく存在する。
けれども生まれつき穏和で性善ということもありえるし、この姉とはそういうものであり、そしてその善なる性向は妹の力に守られることによって大切に庇護され続けてきた。
ここに滅多にお目にかかれない真に性格の善い美人が誕生する。
そして純真は美を輝かせるし、敢えて言えば美は白痴であればあるほど神に近づいていき光そのものとなる。
ヴァイオリニストは何も知らなければ知らないほど演奏が素晴らしくなるという言葉とこれは重なる。
では思考実験としてもしもあの悪鬼羅刹な妹がいなかったらどうなるのか?
それは大方なご想像通りで高い確率で元気のある男に要するにヤンキーに捕まる。
沢山の方々にも覚えがあるだろう。勢いがあって強そうでカッコいい男に捕まる美人なあの子がどうなるか?
お約束なパターンはこうである。
彼氏の影響を受けてしまい派手になり一緒に悪いことをして不良となりそして夜職の世界に行ってしまう。
何故こうなるのか?
彼氏の影響である。好きな人とその友達から影響を受けるのは当然であり彼だって自分色に染めたいのだから仕方がない。
性格が良い子ほど素直にそれを受け取ってしまいがちなのだ。
それにヤンキーと付き合うのも強い彼氏に自分を守って貰いたいという願望があるからである。
一人だとどうしても色々な男に狙われてわずわらしい。だったら早く男を作ったほうがいいしなら強いのが良いしならヤンキーにしよう。
大雑把過ぎるがだいたいこんな感じで良いのだろう。
そうならないように親が常に傍にいればいいが、子もその頃には親離れの年頃となりミスマッチが生じてしまう。
ところがどうだろうここに最強の妹がいて常に傍にいるとしたら。
彼氏なんか作る必要はないのである。そして良い男を巡り同世代の女と競争しなくて良いのでありその過程で発生する性格が悪くなることもないのである。
極論かもしれないがこういうことになった。
姉はいつも妹に頼り切っていた。心の底から信頼し妹のためならなんでもしたいと常に思っている。
これは本来なら彼氏に向ける愛情であるがこの姉はそれを妹に捧げていた。
そして妹もこの姉のためなら何でもしたいし全てを捧げて最高のものを用意したいと願っていた。
こちらも本来なら彼女に贈る彼氏の愛情そのものである。
二人は同性であるが姉妹ではなく血の繋がらない関係。であるがこの相思相愛の完成された恋愛関係と言って良いであろう。
血と肉体的な交わりは一切なくただ思いだけで通じ合っている。
「姉さんの嫁ぎ先は私が決めます」
という異様な言葉に対して彼女はこう答える。
「妹ちゃんのしたいようにすればいいのよ」
だいたいがこの調子なのであった。
「姉さんはこうした方が良い」
と妹がすすめたら姉はひたすらに頷く。
「だったらそうするね」
一事が万事この調子。傍から見れば姉のこのキャラクターは意志薄弱で脳みそが無いかもしれない。
前述したように馬鹿に見えるだろう。だがその態度は妹に対してだけであった。
他のものがこうした方が良いと言ったとしたら姉はこう答える。
「妹ちゃんがそれに反対すると思うな」と。
そう、姉は妹の方針をこれまでの経験から全て読み取りそれに反した他者の意見は絶対に聞かないのだ。
意見をするのなら妹を通してからにしてという丸投げさ。
妹に反対するということは絶対にしないために姉に対するあらゆる意見は妹に集められていく。
どうしてこんなに自我を妹に預けているのか? 疑問を抱かれるだろう。
自分としての意見はないのか? 妹がそれを許さないという論理で自分を縛ってそれが楽しいのか?
もっと自由に生きるべきでは? あなたは妹から離れてのびのびと生きるべきでは?
……そんな発想が一切ない人というのがいる。
はたしてその心とは? そこはまた次回に。



