さて養父母暴行である。
時にはパンチ、時にはキック、お仕置きしちゃうぞ! などというものではなく殴って蹴って抓って踏みつけてぐりぐりするお仕置きという言葉では済まされない虐っぷり。
いいえこれは躾ですとは養女である妹の言い分。聞き分けの悪い親は身体で教えないと分かりませぬ。言葉が通じぬ獣にはこれが一番。
いくら女郎屋の悪辣夫婦でも力こそパワーには太刀打ち不可能であった。
圧倒的にデカくなったこの妹にはもはや下手に出るしかなく、今ではすこしでも彼女の機嫌を損ねようものならこのように折檻されてしまうのだ。
可哀想? けれども暴力によって物事をなんでも解決してきたものは暴力によって支配されるのはひとつの帰結ともいえよう。
所詮力の崇拝者とはいつかは誰かに力で支配される運命なのだ。なんったって本人だってずっとそれを認めていたからこそ暴力をふるってきたのだ。
体力が衰えたら自分の番が回ってきたに過ぎない。
今日も今日とて養母は養女から頬を抓られている時にいつものように悟った。ああ分かったそうなのだ! この子は私たちの罪を罰しに来たのだ、と。
女郎屋などという罪深いことを生業にしてきたその報いが天から遣わされたこの子による仕打ちなのだ。
だからこそこの子は生まれつきこんなに汚く醜いのだ。すなわちこれは私たちの罪の色、と頬への痛みに悲鳴をあげながらこのようなくだらないことを真剣に考えている。
ただの虐待に過ぎないものに対して理由付けをして無理矢理納得するしかないこの状況。
そうでもしなければ人は暴力に耐えられない、虐待を試練や罰といったものに置き換える必要がある。苦行で立派になれると思い込むことで自分の惨めさを慰めているわけだ。
一方養父の方では、トホホ……親父とは名ばかりでもはや下僕同然。女郎屋も廃業されて今では普通の飲食店。
こんな概念喫茶の奥の厨房で拉麺を作らされている日々。我々はなんという悪鬼羅刹に支配されているのだろうかと養女に頭を踏まれながら嘆いているばかり。
地獄行なのは覚悟の上だが現世でそれは話が違うじゃないか?
死んでからにしてくれとこれも嗚呼罪の報いか過去の罪業が我々に伸し掛かっているのだと嘆くしかない。そうだ俺は昔は女の子の頭をこうやって踏んでいたっけな。それがかえってきたのだ。
繰り返すがこの暴行と過去の罪業は無関係である。
こんなものは老いがもたらす後悔や罪悪感をごまかすための人生に対する解釈に過ぎない。
そんな恐るべき悪鬼羅刹を統率しているのが輝かんばかりの美を放つ姉であった。
妹は当然のことだが姉の言うことには絶対に服従である。醜は美に従う、神話的である。
やがて折檻中に止めに入ってくれるこの御方こそ地獄に仏とはまさにこのことと養父母はこの義理の娘に心服しきっている。
これまで幾度となく大金を約束してくれた太客に売ろうとしていたのに、この子はあれと違って我々を親として見てくれてしかも庇ってくれている。
罰を受けている罪深き我々を許してくれている!
ありがたやありがたや、と現世における地獄の中で極楽往生な許しを味わえるとはまさに真の栄光と言っても過言ではないのでは?
老いによる恐怖と罪悪感はあるが、現世においてちゃんとこのように折檻されたり許されたりしたらかなり心が救われるのかもしれない。
これもある意味での親孝行では? 違うかもしれないが二人が幸福ならOKです。
そう、天女のような姉はもう十分実りましたのでぼちぼちいきまひょと売られそうになってきたが、その度に妹がその計画をぶち壊してきたのである。
あの養父母への折檻はそのためであった。何度も何度も売ろうとしたため身体に教えることとなったわけである。
さりとて彼女とて永久に売らずに手元に残しておきたいといったことを考えているわけでもない。
己の腕力と姉の美貌。それを概念喫茶の繁栄のためにつかうのはもったいない。
もしも時代が時代であったら天下統一とか世界征服とかという発想になろうがそこは時代とそして男女差があろう。
よって妹の目的とは、そう地域で一番の権力者との結婚……それは自分ではなく姉を! となった。
つまり姉を王妃にするということ。
地元の王様と結婚させるのが夢なの? と思われるかもしれないが、世界観が狭いが人というのはそういうもの。
見えている範囲の知っているなかで一番を目指すのが現実的なのだ。
妹にとっての世界とはそこまでであり、そこで十分。半径5mな人間関係は狭すぎて問題だが6,378 kmの人間関係は広すぎて問題である。無限に広げられるのなら努めて狭めたほうが良いはず。
認識的にはその村一番の長者様の家に嫁入りするのと世界一の富豪の妻になるのとなんら違いはない。
認知できる範囲こそがその人にとっての壮大なる完成された世界である。
海を知らないものは川や湖を海と呼ぶのと同じである。見たことのないものは想像の範疇外だ。
家のなかにいる子供は親がこの世で最も偉大な権力者なのと同じく、彼女にとってまたはその地域の人にとって最も偉大なるものお殿様とは地方領主であった。
一地方領主に過ぎないがそれでも地域民にとっては絶対そのもの。まさかあの王の上に偉い人がいるとは思いもよらぬところ。
王も王とて自分は独立した君主として日々振る舞っているし、中央から派遣された勅使やらを相手にしても相手の方が恐縮するといったところである。
中央? 地方? このあたりを単純化して説明しよう。
この辺境地方は中央から見たらとても半端な地域であった。
歴史的に国境付近での領土紛争や帰属問題を巡って対立しており、独立させたくはないし、かといって支配も地形上面倒な場所にありと中央にとって積年の課題であり面倒である。
その中央の苦悩を見込んである時代の王は皇帝側にこう持ち掛けた。
こちらの自治は認めるのなら中央の皇帝に服し帝国の一員となるということを約束しよう、と。
中央としてもこうなったら名目だけで結構であった。
かつての皇帝が意地となって手に入れようとして長年手を焼き続けてきた一件がこれにて決着がつくのならそれでよしである。
実態は独立しているが名目的には服従している、これが最も良い形になる。
身を取り名を捨てるというやつでお腹が膨れる。
逆が、実態は服従しているのに名目的には独立しているというもの。
身を捨て名を取るという政治的に最悪であることは言うまでもなく、そうなってしまうと首を鎖で縛られじゃらじゃらさせているのにそいつはこう叫ぶ。
「俺は独立していて自由なんだ!」
と精神が錯乱したことを主張する存在となってしまうのだから要注意である。
しかしそれこそが支配者が望む真の支配なのである。
支配感なき支配。そうだ我々は高次元な存在によって管理されているのだ! 影の政府が世界を牛耳っているのだ!
ここまで来ると老荘思想や神の存在または陰謀論となるがそこは置いておこう。
さて彼女こと妹の夢とは姉と王様との結婚である。
この世で最も美しい女がこの世で最も権力のある男と結婚する、完璧である。
これ以上に無い完全無欠または金甌無欠さで美の高まりの極限ではないのか?
あたかもそれは芸術と権威との結合でもある。
姉の美は自然であり芸術でありそして神秘である。天の美と地上の王との融合。
よって最も尊きものに捧げる……いいや違うと妹は心の内では思っている。
富と権力こそ美に捧げるべきだと妹は信じて疑わない。
むしろそっちこそ頭を下げろと言いたいがそこはさすがの彼女もグッとこらえた。そこは自分だけ知っていればいいだけのこと。
ところで、おいおいそんな妹の願望に振り回されて姉の気持ちはどうなるんだ? と感じる人もいるかもしれない。
だがご安心を。こちらの姉はそういう俗っぽいものなど持ち合わせていないタイプなのである。
悪く言うと馬鹿であり遠回しに言うと人の心を持っていないと言っていいだろう。
したいことが何一つ無い女であった。なんだそれ? と思われるだろう。
欲しいもの、やりたいこと、なりたいもの、それが特に無いのだ。
毎日の日々だけが大切、その理由は……また次回に。



