敵!? 王たちの話を聞くにどうやら隣国の特殊部隊が潜入し王を捕らえようとしているとのこと。
隣国との間に領土問題やらなにやらといった事情があるようだが妹にはどうでもいいことであった。
今は姉とその子を護るために全力を尽くさないとならない。
それとまだ不明だがこれがもしもこちら側を狙った行動だとしたら王とともに行動しているのなら大々的には来ないだろう。
王たちは避難するため急いで馬車の置き場所までやってきたところ異変が!
なんと馬車の馬がその場からいなくなっているのである! 調べると馬を繋ぎとめておくロープが切られておりこれは誰かの仕業。
「ややっなんということだ! これは敵の工作に違いない。これで王を徒歩で歩かせて捕縛するつもりでしょう。こうしてはいられません。王よどうか私めの馬に乗り護衛と共に一足先に避難なさってください」
長男が派遣した隊の隊長がそう告げると王は首を振った。
「なっならん! 俺一人だなんてとんでもない。俺よりも王妃と子を先に連れていくのだ」
「王より王妃を優先するなどできませぬ。どうか王よ、至急ここを離れて我らの本隊がいるところまで」
「いいや駄目だ! なら俺の背に王妃を乗せて」
「なりませぬ。それでは走れません。それに王妃様を連れていくとしたらその子もになりましょう。それは歩くのと同じになってしまいます。そんな暇はありません」
「黙れ命令だ! いいか俺ではなく王妃とその子を連れて避難しろ! 俺のことはどうでもいい!」
「御言葉ですがどうでもよくはなく逆に王こそ最優先であります。王法によれば緊急時には王の身体の無事を他の何よりも優先しなければなりません。婦人よりも子供よりもです。私めもそれを守りそして王もそれをお守りください」
「こっこの子は後継者であるのだぞ、だから俺よりも」
「後継者指名は14歳からと王法に明記されております。よって王より優先にはなりませぬ。王よ、繰り返します。我々が共に務めを放棄し王法を破りもしも王の身に何かがございましたらこの国は終わりでございます。王は情にかまけてはなりませぬ。そのような私情に浸ることを王にあるまじき匹夫の情として王法制定時より固く厳しく戒められており、これが先々代から受け継がれてきた王法の精神でございます」
王は喚き散らす口を閉じ地団駄を踏んだ。王法の精神を出されてはもはやグゥの音も出すことができない。
王が王であるのは確かな血筋と王法に対して厳格な守護者であることが求められるのだ。
王法には確かにこう書かれている「王法を護らない王には王法を強制させ場合によってはこれを排除し押込るのが忠義の証であり臣下の務めである」と。
こうなると王が王であるよりも王法が王であると言えようが、そのため王は折れざるを得なかった。
これ以上駄々をこねても兵隊たちによって力づくで避難させられてしまうだけである。
「じきに追加の隊が来ましたら馬を馬車に繋いで王妃様と王子様それと周りのものを避難させます」
隊長にそう説得されても王は安心できず、不安で心が押しつぶされそうなのをなんとか堪えながら王妃と息子に言葉をかけた。
「さ……」
王の身体は硬直する。思わずさようならと言い掛けてしまったからだ。
そんなはずはない、絶対にそうじゃない、そうなってはならないんだ。
でもでもでもでもで……
「また、あとで」
不安の闇のなかに沈みいく王は王妃の一言によって意識を取り戻した。そうだともまたあとでなだけだ
「さっ、先にいくがすぐに来るように」
「はい」
王妃のその光溢れる微笑みに王の不安は消滅した。ありがたや、そうだこれだと王は満足した。少し先に行くだけだ。またあとで合流するのだ。
だからさようならなんて言葉は不吉で言ってはならないし想像してはならない。
考えてみると敵は俺を狙っているわけだ。自分がいくら王妃を想いその子を大切にしているとしてもだ、このことは公開していないから敵が知っているとは思えない。
こちらを誘拐するなら手っ取り早く自分を狙うほうが確実になる。
だから王妃らが狙われる可能性は低い、と王は自分に言い聞かせて不安を消そうと努めた。
心から愛するものを置いて先に行ってしまうやましさやうしろめたさを減らすこの努力。
たとえ置いていかれるものが別に気にしないでと言っても減りはしないこれは本人の善性に由来するものだろう。
大丈夫だ! と頷きながら王は背を向け努めて振り返らなかった。
振り返って顔を見たらまたグズグズしてしまうかもしれないしまたあとでその顔は見ることはできるのだ。
それにもしも……哀しげな顔をしていたら自分はその場から一歩も動けなくなるしそれに……その顔を見ることに心が耐えられない。
善性や優しさはその心の弱さにも由来するのだろう。その人の哀しみに耐えられなくなる心。
王は自覚があるからこそやはり一度も振り返らずに馬に乗り周りに護衛や兵隊を伴いながらその場から去っていった。
そしてこのことが……この時の彼はがまだこれから何が起こるか分からなかった。
さて妹の視点に移る。彼女はずっと考え観察している。最悪の事態を想定しているし現に起こっている。
我々は王の傍から離れてしまった。以前に自分が立てた予想では王が近くにいる限り最悪の事態には陥らないがあった。
我々への危害が王にまで及んだら敵側が窮地に陥る。
そうであるから事を起こすのには王から離れた時でなくてはならない、つまりここである。
だが同時に敵の特殊部隊が現にやってきている可能性もある。どちらかなのだ。
その見極めがまだつかない。王は自分の護衛とやってきた兵隊を伴って行ったためにここには少数の兵隊しかいない。
こいつらが敵か味方か。妹は彼らを見つめる。こうなっては真っ直ぐに見る他はない。
予断や憶測では動くことはできない。論理を飛躍せずに事実を積み重ねていく推論から結論に向かわなければならない。
兵隊たちは興奮状態である。これは敵襲を怯えてのものか、それともこれから私たちを殺すためのものなのかは分からない。
こちらをチラチラ見てはすぐに目を背けるのも背後を気にしてのものか自分の醜さに怖がっているのかも、分からない。
この分からないもので判断してはならない。この先に生き残るためにはそんなものに縋ってはならなない。
不安とはまだ分からない未来に対して怯えていることである。よって分かってしまえば不安はなくなる。
それを探ることはとても大切なことでありそしてわからないことに対して不安は抱かない。
どちらにせよ生きるのなら前に進まなければならないのだから。
やがて増援の兵隊たちがやってきて馬を馬車に繋げ隊長が言った。
「お待たせしました。王妃様に王子様そして御親戚の方々、どうかお乗りください」
隊長は爽やかに微笑みながらそう言った。そうこの隊長はルックスはイケメンであり表情も人に安心感を与えてくれる。その目は笑っており視線は逸らしておらず挙動は自然であった。
だからなんだと妹は思う。そこは判断基準ではないと。
よくある震えていたり苦笑いをしたり目が笑っていないや視線を外し挙動が不自然だからこの人は嘘をついていると……それは見るものの不安の反映だと彼女は信じている。
疑っているからそこにヒントを求める。
表情や身体的反応で心は完全には読めないし分からない。何故ならそれはわざと意識的にできるからだ。
そう、自分がいつもやっているからである。他者への威嚇もそうだ。やろうと思えば体調不良を装えられる。喜怒哀楽もそうでありそうやって人は操ることが出来る、出来てきた。
人は見えるものによって世界の大部分を認識している。視覚に頼り過ぎである。そうであるからこそ見た目と内面が一致していることを望んでいる。世界を分かりやすくクリアにしたい。
人は見た目が100%という主張が支持を集めるのもそんな願望の反映。ルッキズムとは外見が良ければ内面が悪でも構わないという覚悟のある主張ではなく、外見が良ければ内面も良いはずだという願望と妄想であるからこそ醜悪なのだ。
何故ならそこには悪を擁護し善を糾弾する思想が内包されているからである。見たいものしか見ない浅はかな地獄がそこにある。
私はそれに与しやすいと妹は思う。自分は人を見た目で判断しない、と。美のイデアを絶対視する醜女のその想いは矛盾か? 矛盾だとも。だが成立する矛盾だ。
美し過ぎる姉をもつ醜過ぎる妹はその価値観以外もつことは出来なかった。そして本人もそう思っているがしかし、この妹にとって姉の美とはなんであったのか?
全てを賭して王座に座らせようとする美の光とは彼女にとってなんであったのか? その光に浴することによる彼女の救いとは……
……妹は隊長をみる。その行動と言葉を、みようとする。
人の判断基準は行動と言葉であり真とは常にその二つが一致し、偽とはそれが完全に一致せずズレており、そしてそのズレの間に闇と悪が潜んでいる。
妹はそのズレに指をいれ中を覗こうとする。果たしてそこにあるのは醜か美かそれとも陰謀か。
第一章、残り二話。



