かくしてまた陰謀論が強化された。
これまでのはこの先まだ訪れていない不安と妄想も混じったものであったが、この実害を伴った陰謀を喰らったばかりの彼らはもう止まらない。
兄上を責めていたのはあれは魔女の罠にかかったふりをして様子をうかがっていたのですと言えば長男はすぐに信じてこれで一件落着となる。
かくも陰謀論とは都合のよいものである。人間の絆をすぐに繋ぎとめるのだ。そのためには犠牲が必要となるのだが。
「なんと三男のやつがそんなことに! すぐに助けないと」
「いいや駄目です。あいつは魔女の手によって完膚無きまでに骨抜きにされた頽落の極みで堕落の底。ここで下手に手を出したら兄弟喧嘩となり、そしたら最悪父上とも揉めることとなる」
「なっなんだと! すると俺とお前は後継者候補から排除されるかもしれないのか」
「魔女としてはそこが狙いなはず。自分の息子が王になることが望ましいが奴隷と化した三男を一時的に王に据えるという手も使える。そのためにあいつは犠牲となったと考えて良い」
「そうか! 王がもしお亡くなりになった際に子供を王にするよりも三男を王にした方がみなが納得するからか」
「そのうえで魔女も三男の正式な王妃となれば完璧となる。洗脳された三男は自分の子などどうでも良くなるから実質的に魔女の子が跡取りとなる」
「のっ乗っ取りとなるのか?」
「乗っ取りといってもいい。王を篭絡し次は王子の一人を虜にしてしまえば盤石となったわけだ。あとは私と兄上が延々と喧嘩をしていて団結を崩せばいいだけなのだ。そしてタイミングをみてバラバラとなった我々を亡き者にすべく各個撃破すれば陰謀完遂となる」
「どっどうする? 抗議に行くべきか」
だからこいつは……と次男は呆れつつも表情に出さないように努めた。
基本的にアホなんだよなぁこいつ、と。共に計ることができないからあの演技が必要だったわけだ。
もしも自分ぐらいに賢かったら相談をして共に計画を立てて実行できたわけだ。
でもそうではないからこうしたしギリギリまで粘ったわけだ。だいたい今の会話の流れで抗議に行ってどうする?
王と三男の抵抗に会って一巻の終わりだ。第一章完でその後魔女の息子は王となり国の乗っ取り成功しました。かの魔王の背後にはいつも暗黒微笑みをするいつまでも永遠に若いままの母がおりました、で終わってしまうじゃないか。
そうなっては駄目なの。正義の王子たちが魔女を駆逐する救国の英雄となりました、で締めないとならない。
だいたいそんなことしたら魔女が今の計略をやめて次の一手を打つに決まっているじゃないか。
駄目だなぁ、アホだなぁ、なにが辛いってそういうことを本人にガツンと言うことが難しいんだよなぁ。
プライドとコンプレックスは両方ともに高いから何か言うとすぐにキレたり拗ねたりしてめんどくさがらせるし。
敵にはしたくはないんだ、今はね、今はその時ではない。兄上は頭と性格は弱いが人望があるしなかなか世話好きで人の上に立てるタイプなのだから上手く使わないとならない。
そう、上手く操作をして……
「兄上。抗議に行ってはならないでしょう。王は聞く耳を持たないだろうし、そのうえ魔女と会うこととなったらもしかしたら魅了の術とかで支配されてしまうかもしれない」
「じゃあどうすれば……」
「急いで、魔女を倒しましょう」
「なっ急すぎないか。もっと時間を掛けて」
だからぁ時間を掛けたらお前がいきなり突拍子もない斜め上な行動を起こすだろうから駄目、とは言わない。
本当は一人でやりたいがそうするとこいつがどこか変なところ行くかもしれないから一緒にやるしかない。
もしも勝手に行動されてあちらの毒牙にかかって敵となったら目も当てられない最悪さ。
味方にしておくことは敵にしないことであり、この敵を作らないことは重大な作戦であり戦略の肝なのだ。一人だけで戦って勝つほど戦争は容易ではない。
「兄上、状況は刻一刻と悪化しています。明日が今日より事態が好転している可能性は低い。たとえ兄上が無事だとしても、もしかしたら私が明日にも魔女の陰謀に引っ掛かり敵側に堕ちる可能性だってあるのです」
「そっそれは駄目だ!」
長男の動揺した顔を見て次男は良しと満足した。
こいつはいまもしも私が敵に回ったらどうなるか想像して心底震えあがったのだろう。
それならよし。以後私の言葉を聞くように、と言いたいところを堪えたが、まぁ従うだろうなと理解していた。お前は結局私に従う運命なのだ。
「ではこれから作戦を練りましょう。思うに魔女の策をまた逆手にとるのがよろしいでしょう。つまり……」
こうして兄弟が決戦の計画を立てていることも知らずに妹は安楽にしていた。
このまま今日という日々が続いていくのだと。
愛の奴隷となっている王とその愛を全て受け止めている姉そしてその権力と美の結晶たるその息子。
それをこの先も守り続けてそれを自分自身とする……なんという満ち足りた気持ちであろうか。
自分の使命がそのまま自己となりそうして完成するのが。醜の御盾として美と一体化できる。
そしてもしも自分に何かがあればこの自分の息子がそれを引き継ぐ。
私は姉を護りそしてお前は兄として弟となるその子を護れ。それがお前そのものだ。こうなればいいのだ。
そんなある日のこと、王が郊外の森へと散歩をすることとなった。
その場に三男はいない。彼が王宮に来るタイミングと合わせて王宮を出て行ったのだ。
それは最近手紙にてちょっとした忠告を受けたからである。
「三男の来訪があまりにも多すぎませんか? 新王妃様がいくら美しいとはいえいささか度が過ぎて目に余るものがあり、みな心配しております」
本当にそうであると王は深々と頷いた。良いことを言ってくれた。こういうことを言うものこそ忠臣である。
……人は自分の本音の代弁者に最大の評価を与える。だから佞臣や腰巾着そして取り巻きは暗愚な王からしたら忠臣そのものであるそのグロテスクさよ。
王は思う。そうだとも、あいつが俺目当てではなく王妃目当てなのは一目瞭然なのだ。
そこが気に喰わないし何度も何度も思うがあいつが俺の女を狙っているという妄想がいつも消えない。
妻は心が優しすぎるからか三男のことを嫌がりもしないし一切悪口をも言わない。
そこを付込みやがってあいつは……といつものように三男を脳内にて糾弾しでは夫婦水入らずにて……はならない。
いくらの郊外の森と言えども王たちだけで行動はできない。
側近の護衛が付き添うし何より王妃には例の妹がいるし赤子はその息子が世話をしているのだ。
これでも可能な限り最小限の人数である。王は新王妃を他の男に見せたくはないという意思のため、最も忠誠心のあるものしか傍におかなくなってしまった。
ナチュラルに危険である。愛する女を独占したいがために王の身の安全度は軽くなってしまっている。由々しき問題でありここを悪いものに付け込まれたら危険だ。
今回の件も三男が来るということで郊外の散策が可能としていたのにそうならないようにしている始末。愛と嫉妬のせいで合理的な判断ができない。
「王妃よ。あいつは来れなくなったそうだ。全く困ったものだ。せっかく約束をしていたのにな」
困ったさんはあなたで、彼の頭のなかはこれで彼女からの印象も悪くなればいいとしか考えていない。約束を守らないものは良くないとマッチポンプのネガキャンを展開でき彼は上機嫌だ。
さて妹はこれを聞いて寒気がした。悪い予感が、する。
もしもこれが逆の立場であったらどうだろう? つまり自分が王子の立場であったらどうする?
自分達を狙うとしたら今が最も最適ないタイミングではないだろうか? 王がいるものの、もしも何らかの方法で王をどこかに移動させられれば、そしてやるのが今だとしたら……
妹の不安な予想に満ちた想いとは裏腹に森の散策は何事もなく続いたが、だがしかし!
前方から兵数名が旗を掲げてやってきた。あれは長男の隊の旗である。
妹は構えた。来るか? だがその話はそうではなかった。
「王よ! 敵です!」
敵が、来る。



