醜と美そして陰謀論、を物語る。

 
 次男は実は有能でまんまと騙されているのは演技なのでは? これなら……いやいやと妹は苦笑いする。それは人の両面に過ぎないと。

 ある面では愚かでも別のある面では賢いとは人間誰にでもあるというもの。

 二十四時間ずっと賢い状態が続く人はおらずどこかで愚かな一面が出るのが当然のこと。完璧な仕事人間の自宅がゴミ屋敷とかたまにあるではないか。

 よって凡夫とはいえ二十四時間ずっと愚かなことはなく、時たまあるところでは賢くなるのであろう。

 どんなに悪人でもどこか良いところがあるように、どんなに愚か者でも案外賢いところがある。ダンスや歌や車の運転が上手いのも賢く知的な営みと言える。

 今回はそういうことだ。次男は兄への態度は愚かだが弟の扱いは賢い、これだ。では敵は罠にかかった。このままでいこう。

 妹は結論づけ思考を停止した……優れた人の弱点に勝ち続けてしまうところがある。

 それでいいじゃん? とはその通りだが勝ち過ぎは良くはない。

 以前述べたように人間は短所ではなく長所で滅ぶ、と。

 椅子の上から落ちてもちょっと痛いだけで済むが屋上から落ちたら一大事なのだ。

 その屋上に昇れる能力こそが長所であり、だからこそ危ない。やれてしまえるから危険だ。

 そしてその屋上にこの妹は昇りつめようとしている。そこから落ちたら危ないよ! とは誰も言ってくれない。

 だって彼女は勝ち続けてきたのだ。

 最後の頼みの綱である先ほどの彼女の内なる声というものに期待しても無駄であった。

 負けたことが無いからこそ自分が敗れるという想像が働かない。疑問を一般論で以て自ら丸め込み危険なサインをスルーしてしまう。

 格闘ならこんなことにはならない。彼女もその完成された屈強な身体に仕上げるまでには何度も敗北はあった。

 そう、肉体的な闘争なら彼女はそうそう軽はずみな行動は起こさない。そんなに思い通りにいかないとよくよく知っている。

 殴り倒した相手が実は死んだふりをして反撃をうかがっているのを警戒し構えをなかなか解かない。違和感を無視せず確認をする。

 だがこちらは頭の中の闘争である。そこで彼女は負けたことが無い。そして想像力で世界を手に入れようとしているのだ。

 養父母を圧倒し支配したのを発端にして、姉を王のもとに嫁がせたことも旧王妃を放逐できたこともそして三男王子を篭絡させたことも、その計略の全てを成功させてきた。

 自分は出来るのだ、最後まで完全にできるのだ!

 過去の成功体験から得られる己への万能感、これに酔わないものはいない。

 いくら飲んでも気持ちいいだけの酒を飲んでいる最中に水を飲むものなどいない。

 明日二日酔いや酒鬱を心配しなくていいのならいくらでも飲んでしまうのだ。

 水からの「でも注意したほうが良いよ」なんていう内なる声などどこからも聞こえてこない。

 後日、ほらまた三男から王に報告が上がったぞ。また長男と次男が口論を起こしたと。

 もう三人の絆とか団結心とかはグッダグダよ。こうなってくると次は長男に仕掛けていいかもしれない。

 それを使って次男を攻撃したらもう滅茶苦茶になり以後内紛激化でこちらへの脅威はなくなる。夷を以て夷を制するのように王子を以て王子を制するのだ。

 妹の脳内では長男と次男は掌のなかで踊っていた。みっともなくあたふたともんどりうっていて踊りというかのたうち回っている。

 こちらの計略に踊らされているとはなんとも哀れでそして可愛らしいものよ。

 それを見て彼女は醜く微笑み感無量であるが、次男の眼光には気づいていない。

 たまにそちらの様子を窺う目の光に気づいていない。彼はわざと踊っている。無様に滑稽にかっこ悪く踊っている。

 踊っているのだ。断じて踊らされてはいない。長男と違って次男は自覚的に踊っている。彼女の思うがままに踊っていた。

 現に見て見るが良いその次男の掌のなかを。そこにはなんと妹の姿があるではないか。妹人形が楽しげに踊っているのである。

 次男は踊らされているように見せかけて踊っており彼女を罠にかけている。

 見るものが見られており、罠にかけるものが罠にかけられ、踊らせるものが踊るこの入れ子構造的な化かし合い。もっとも二人は互いに会っていないため掌のそれは架空の存在である。

 だが次男側も危険だ。それは計略中の妹ではなく長男との関係だ。

 見た目は立派だが中身は父親に似て中々の小心者な彼がいつ爆発するか分からない。

 そんなに疑うのならその通りにしてやる! とばかりに新王妃の方に走る可能性があるからだ。

 いまは義理と意地と見栄でそうはなっていないだけでありそこの見極めをしないとならない。ギリギリまで魔女の策を引っ張る必要がある。

 その時はいつか……そしてその時がやってきた。

 明朝次男のもとに長男が現れた。怒りの形相のなか人差し指を向けてそのまま糾弾した。

「お前の方こそ新王妃に会いに言っているという投書が届いたぞ! そんなお前がよくもぬけぬけと俺のことを非難できたものだな!」

「兄上! お許しください! 私が間違えておりました」

 ここが限界だな! と瞬時に判断した次男は長男が言うやいなや床に伏し土下座をした。

 長男は衝撃を受けた。お前が俺にそんなことをするのか!?

 そう長男は次男が苦手だった。頭が良くてなんでも出来る弟を昔から嫌がっていた。

 こちらを内心馬鹿にして見下している感じにもいつも苛ついていたし、このあらぬ疑いをかけてくるところもストレスそのものだった。

 お前はそのまんま馬鹿だと言っているように聞こえて我慢が出来ない。

 そんなこいつが土下座して許しを乞うている!?
 しかも自分が間違えだと認めている!?
 どうなっているんだこれ? 夢か? 

 ここずっと毎晩こいつが土下座して私がわるぅございました許してくださいなんでもします、という夢を見たいと願いながら寝ていたからついに現実になったのかな? 

 夢みたいな話とはまさにこのこのこと。

 お前がそこまで言うのなら許してやろう、という態度を俺がとって一件落着になるのだが……やるべきか?

 そっそうだよな、駄目だ許さんとか頭に足を乗せて踏み踏みしたら夢が醒めてしまうかもしれない。

 それに夢でも現実でも嬉しいからこれでいいや。

「お前がそこまで言うのなら許すが、どういうことか教えろ」

 そう、知りたい。なんでこうなったのか全く以て分からないのだから。

 その言葉を聞きたかったとばかりに次男が立ち上がった。

 やれやれと彼は胸をなでおろした。兄上は自分にコンプレックスを抱いているからな。

 こうやってちょっと額を床にスリスリすれば全部チャラになるからラクなものだ。

 これひとつでいつも威張ってあれこれ言えるのだからな。

 土下座なんて税金みたいなものだ。いつか払わないといけないが出来るだけ少なくしたい。

 それでこんなんであちらが納得してくれるのならやって損はない、と次男は苛つく心を自ら納得させるために脳内で論理構成を完成させたあとに説明を始めた。

 頭が良いからこそムカつきを脳内処理して後に残さずに済むのだ。では気を取り直して、なぜこうしなければならなかったのか?

「それはあの魔女の仕業だったのだ!」

「そうかあの魔女が悪いのか!」

 これでほとんどが通じた。するとどうだろうこれまでのことが全て説明つくのだ。

 ついでにあれこれといったことも全部魔女のせいだ。この世のあらゆる悪事を奴に被せて滅してしまえ。憎すぎて滅!

「そうか、全ては傾国の陰謀だったのかぁ」

 かくして陰謀論のおかげで兄弟の解けかけていた絆は結び直されることとなり妹の計略は水泡に帰した。

 次回、さぁ反撃のための謀議、傾国の魔女の心臓に鉄槌を打ち込むのだ。