うそとほんとが入り混じったこの怪文書を読んだ次男は衝撃を受けた。
あの二人……まさかこの自分を出し抜いて王に媚びを売ろうとしているのか?
あの時の誓いはなんだったんだ? 許せん……いや待てよと落ち着いた。
先ずは確かめてみよう。こんな出所不明の匿名のチクりなんぞに俺は踊らされんぞ、と賢明なる判断のもと先にズブズブという三男から調べた。
怪文書通りの真っ黒くろすけ。ちょっと調べただけであるわあるわの証拠だらけ。
もはや夢中で人によっては自分よりもちょっと年上な若い義母に心酔しきっているとかいないとか。
あの人ああして王への印象を良くしているんじゃないんでしょうかね?
新しい義母は綺麗なお姉さんでこれって至高のオネショタですよね! といった余計なことまで聞く始末。
しかし次男はまだまだ判断せずにそうではないという証拠を探し出すが、そんなものは無かった。無いものは無いのがこの世の道理。
あるものはあるがないものはない、これでクロ確定。
お義母様と呼ぶべきかお義姉様と呼ぶべきかで迷っているのでは? なる余計な考察まで聞いて次男は怒り心頭!
あの間抜け野郎迷うな! この場合なら姐御呼び一択だろと次男は激怒しながらあの魔性の女に誑かされた馬鹿な弟を心中にて罵った。
この善良なる市民による投書で助かったぜと次男の手紙への信頼感は増してしまった。
じゃあ長男の方は、とおそるおそると覚悟しながら調査をするとどうだろうか……何も出てこない。
どういうことだと次男は首を捻る。三男の方は確実にあったのにこちらには何も無いのはおかしい。
となると兄はまだ行っていないがこれから行こうとしている。よって証言や証拠はまだない。
または行ってはいるがうまく隠している。このどちらかだ。
その論拠は? 決まっているだろうにこの手紙だ!
この手紙は怪文書と言ったがあんな成果を上げたのだから真実だ。
俺の背後には陰謀が動いているんだ! 三男の裏切りはその陰謀の一環だ。
ああ長男はその陰謀に絡めとられてしまい俺達はもうおしまいだ! 王位はあの赤子のもとになってしまうのか……には、ならなかった。
次男は押し寄せてくる波のごとき激情を押しとどめた。ステイステイと犬に待てと命じるがごとく自分に言い聞かせる。
落ち着け、俺。部屋中グルグルまわっていないで椅子に座ってお茶を呑んでリラックスしろ。
お前はいま、ちょっとおかしくなっている。おかしさに釣られて自分のおかしくなってはならない。
考える前に感じろ、なにか、おかしい、と。まるで誰かがそうしなさいという押しつけを感じてならない。
私の解釈に従いなさいという圧がどこからか掛かってきているような……
義姉さんは義弟に君をつけて呼んで義母は義息子をさんづけして呼んだ方が良いですよね? その心は彼女は義息子に若い頃の夫の影を感じて遠慮が生まれているようで……
うるさいだまれお前の趣味はどうでもいい。
そうだひとつひとつを繋げるのではなく、それぞれ独立させて見て考えよう。
まず三男の裏切りというか義姉兼義母というか他人に夢中の件だがこれは真実であり疑いようがない。
では長男の件は……何も出てこない。だからなんでもない。疑わしいという考えも捨てろ。証拠がないからこちらはシロとなる。
そうだこの二つを繋げるからいけない。陰謀論とはそういうものだ。
Aが黒だからBも黒であるというやつだ。
○が○なら△も○なはずだには必ずしもならない。そうでないという可能性があるはずだ。
しかし人間の思考はそういう風には必ずしもならず連結させて思考させてしまうのだ。
棒と石を見たらこれを組み合わせて石器を作りだしたというのが人間の脳の特性であるのだから、関係ない二つのものを連結させてひとつにしてしまうのは大得意なのだ。
腐女子の根拠のないカップリングが得意なのもその人間の原始からの特性の無駄遣いでもあり、そして陰謀論も腐女子の妄想と構造的に全く以て同じものと言っても良い。
関係ないものを関係させてしまう。これだ。イノベーションの本質はこれだよ大福+イチゴ=文化大革命。
同じコマにいたから実は想い合っているとか本気で信じられるところに人間の思考の偉大さがあり、この想像力のおかげで宇宙にまで飛んで行くことが出来るようになったのだ。
まさしく寺山修司の「どんな鳥だって想像力より高く飛ぶことはできないだろう」である。人間には想像力という翼があるということになる。
こんなふうに次男は自分の新王妃の陰謀論を練り上げたくせに、妹の計略つまり陰謀論の解体までしてしまうという人間の複雑さを表し、次の思考に移る。
三男の裏切りを暴いたからといってこの手紙を全面的に信じるわけにはいかない、と。
たしかに真実は書いていたが根も葉もないことを同時に書いてもいた疑わしいものであると。
そう、ここが人間の知性の試されるところである。Aについては正しいがBについては疑わしい、この分離。
悪性的知性ではこうなるAについて正しいのならBについても正しいはずだ、と。
またはこうだBについて疑わしいのならAも疑わしいし両方間違いにしてすっきりさせた方が良い、と。
善悪を呑み込めず矛盾も抱き切れない知性は二元論的なところへと着地する。
全ては自分の納得感への欲求である。片付けたい欲求だ。
一方で善性的知性はその逆のこれはAについては正しいがBについては疑わしいので調査を続ける。
これだけであるが、この曖昧模糊な分からなさを抱き続くことができるのが知性の役割である。
分からないを受け入れずっとモヤモヤを抱けるその力こそ人間の知性が最も輝く時ではないのか?
そのモヤモヤをすぐに何らかの形にして解決せずに時間をかけ続けた先にきっと真の姿に形を変えてくれるはずだ。
さて次男は推理を展開させる、となるとこの手紙の送り主は俺に何をしてもらいたかったのか?
三男の裏切りを詰りそして長男の裏切りに対して裏切りを警戒して欲しいというところかな?
善意的に考えれば三男だけのチクりだけで良かったはずだ。だが長男の根拠のない裏切りの示唆の意味するところは……分裂か?
そうだ俺がこのことを以て兄を責めてみろ。あの人は激怒して俺を許さないはずだ。
それどころか俺の方こそ敵扱いして排除に動きだすかもしれない。
証拠もないのに疑うように仕向けたがるこの怪文書……いったい誰だ? 誰がこんなものをわざわざ拵えて俺に出すというのか?
いるとしたら……新王妃だ! 犯人は傾国で奴の仕業だな!
陰謀論を排したら別の陰謀論と合致した瞬間である。人間、ままならぬものである。
そもそも自分のを陰謀論とは考えないのが陰謀論というものだ。自分のは真実、お前のは陰謀論。
いい? あなたのはドブカスなカスタマーハラスメントだけど私のはご指摘ありがとうございますとお礼される優良顧客のご指導ご鞭撻のほどだから一緒にしないでくれる?
一緒である。
さて計略を見抜いた次男、反撃に移る。



