醜と美そして陰謀論、を物語る。


 義母となる王妃のもとにいそいそと参拝または参詣する三男。彼も彼で父親同様にあらゆる物事よりもこちらを優先した。

 そこはお父様にそっくりなご様子。

 だが同席するも一切口を利かない関係。それでこそ彼は酔いしれた。自分はこういうことを望んでいたのだと。

 静謐なる神殿の真ん中にいるかのような心もち。海の深みにいるような久方ぶりに帰ってきたかの気もち。

 そして美なる姉は他者のお喋りも気にせず逆の沈黙も全く気にしない徳。

 あなたがしたいことをすれば良いという究極の気配り精神。喋ってよし黙ってよし!

 もはや彼の心の中には新王妃とその赤子への敵意といったものは胡散霧消していた。

 陰謀論? そんなこともあったねと問われたら思い出す程度のこととなる。

 馬鹿なものだ何が傾国の魔女だ、恵国の聖女の間違いであったな。

 あぁ、兄さんたちも参拝すれば良いのに、会えば良い人だとすぐに分かるというのに、そうだ今度説得してみよう。

 僕ら兄弟はこの人に仕えるべきなのだ。でもいまは僕だけが楽しむことにしておくか。

 ……さて妹はこの様子をいつもの暗黒の中で眺めながらニヤリ。

 墜ちたな、と。狙いはばっちり命中し撃墜である。これで三角の一角が欠けてよく分からない形となる。これぞグズグズというやつ。

 それどころかあの様子ではこちらの味方となることだってあり得る。向うの戦力を削いだうえにこちらの戦力がアップ、これぞ理想の展開というもの。

 将棋でいうところ桂馬・香車を取ったところか。

 そしてここでもう一手を打ち勝利を手にするのも良かろう。

 もう一人を落して三人の結束を完全に切ってしまえればいい。

 長男か次男の間を亀裂を走らせればよいが……どちらがくみしやすい方か?

 どっちも優秀な場合もあるがより調略などに引っ掛る駄目なのはどちらかということだ。

 王と三男との会話や王宮内の世評からすると長男が一番強くて後継者としては最有力候補と見られている。

 父に似た体格も立派であり王の風格を備えているとのこと。

 これに対して次男は母親似の線の細い優男風であり勉学に励む努力家であるも総合的に見れば平凡だというのがもっぱらの評判。

 直接会うことができない以上他者の意見や見解によって決めないとならないのだが……ここで妹は迷う。

 こういう決定はたいへんによろしくないという自覚はある。直接自分で見もせず聞きもしないものに対して決定する、愚かなことである。

 しかもそのどちらかによって今後の運命は変わってしまうのだ。そうであるのに動くのは軽率と言われても仕方があるまい。

 だが妹にはほかに手段はない。三男を召喚後も王はあの二人も召喚しようとするも二人は応じないのだ。

 あちらは確実に会わないようにしており王も王で一度呼んでこないのなら二度とは呼ばない。

 父は息子に自分の宝物を見せびらかすなどあまりしたくはない。三男の無関心を装った崇拝ぐらいがギリギリの許容範囲である。

 それとて表面張力で何とか保って今にも溢れてしまいそうなコップの水そのもの。もう一枚のコインだって入らん。

 もしも良い女ですねとか余計な一言でも言ってみろ、後継者から外されるのは間違いないし、なにをされるか分かったものでない。

 そういうところを息子たちは知っているからこそ父の愛人に会いたがらない事情もあった。

 だからあちらは召喚に応じないし王も二度呼ば無いのもある種の気配りでもあり防衛策でもあり相互の思いやりでもあった。

 父の愛人に会わない、適切な距離感である。

 だから妹もそこまでは読めなかった。

 まさか自分の姉を見ようとしないし見せないということがあり得るのかということは彼女の想像を絶していた。

 だって姉は一日中眺められても意に返さないという徳を有しているというのに!

 そう、この美の結晶は他人に見られるのが少しも嫌いではなかった。というかそこを気にするセンサーが欠如していた。自意識過剰の反対の無意識過剰状態。

 だから妹は時間があればこの姉を見つめていた。透き通った蒼天を眺めるように沈みゆく空を焼く夕陽を見届けるように、ずっとずっと見ていた。

 何ごともなかったとしたらもしかしたら妹は姉をいつまでも見てそのうちに餓死してしまうのではないほどに。

 だからこそのこの予想外に妹は頭を悩ませる。さて、綻びやミスはどこか似通っている。

「自分もそうなら相手もそうである」これは危険な思考であり現にここでひとつミスを犯す。

 自分の目で確認せずに他者の思考で判断する危険性。そこへの自覚はあったものの、もう時間を費やし情報も集めた。  

 ならばもうここで決断だと、ここで妹は次なる計略を発動。

 次男に対して手紙を送ることとした。密告である。内容はこうだ。

 三男殿は新王妃に夢中であり長男殿も近々王の召喚に応じるつもりである、と。

 人を騙す手法に真実と出鱈目を混ぜるというやり口がある。

 確実な真実によって根拠のない虚偽も本当かもしれないという方向に引きずられるからである。

 逆はないのか? という疑問もあろうが無いと考えても良い。味噌糞と糞味噌の違いである。

 何故なら少し調べたら本当だと分かる真実とは反対に荒唐無稽な出鱈目は少し調べたぐらいでは違うと証明できないからだ。

 悪魔の証明という言葉があるように嘘を嘘であると証明するのは困難であるし時間が掛かるものだ。

 証拠はないがそうでないという証拠を出せとはこれまた無茶なお話。たとえばあなたが魔女でないと証明してくださいと言われたら大変な労力を費やすことになろう。

 そして根も葉もない嘘っぱちからでも生じた猜疑心は容易に拭い去ることはできない。疑惑を抱かられることすら関係にとっては大きな亀裂と言っても良かろう。

 そこを妹は狙うのだ。この密告書を見た次男は驚いて調査するだろう。

 するとどうだろう三男は完全にこちらにズブズブな状態! なら長男の方はどうなんだ? と調査をするも何も見つからない。

 だがそれでも次男は探すはずだ。何故なら二人同時に裏切られる可能性こそが彼にとっては最大の危機となるからだ。二人がかりで狩られるとか絶対に避けたいところ。

 三男のは確実だったのだから長男だって怪しいと思考するのは自然である。

 しかしそれによって疑いをかけられる長男は我慢できなくなるはずだろう。痛くもない腹を撫で繰り回されるとか腹が立ってたまらない。

 かくして二人は喧嘩をしてこちらに敵意を向けずに内輪揉めをするはずである。

 そうはならなくても互いに嫌な気持ちが残って以前のような敵意を向けなくなるはず。

 なにはともあれこれをしたことによってこちらには損はない。次男は真面目で平凡な男ならば長男の裏切りは許しがたいとも考えるだろう。

 そら、混沌よおこれ、と妹はこの手紙をポストした……結果的にこれが運命を決める悪手となった

 そこまでの悪手? と読者は思われるだろうが順を追って見ていこう。

 次回、怪文書? いや、これは善良なる市民からの投書さ。