醜と美そして陰謀論、を物語る。

 
 俺が醜い理由とは……彼は人が問えない疑問に対してそれとなくヒントを出してくれる。

「母は私と瓜二つだったとのことです。恐らく母もまた御両親のどちらかとも似ていたのでしょう」

 なるほど遺伝か! と聞くものは安堵する。

 自分とは無縁と知りそこは一安心。感染する類のものではない、と。

「この身体が強いのはもしかしたら御先祖様がかつて罪を犯したからであったかもしれません」

 そうか強さゆえに犯した罪の報いがその醜さという可能性があるのか、なるほどまさに呪いと言えるな! とか聞いたものは論理を飛躍させたりして納得していく。

「俺は非業の死を遂げた母親の仇を討ちたい一心なのです」

 分かったぞ! こいつの凶相は復讐を願っているからだな!

 なんということだ……なんということだ……憐れな宿命を背負ったものであるからそんなに醜いのだ!

 御覧のようにこの結論の全ては見て聞いたものの勝手な解釈である。

 そうだったらいいな、そうだったら分かりやすいな、そうであったら分かるのにな。

 そんな願望を彼は与えてくれる。そう、与えているのだ。

 彼は人々に分かりやすさを与える。

 本当に頭の良い人は難しいことを分かりやすく説明してくれる云々の罠である。

 この醜さは先祖の罪による血縁関係によるものでありそれに復讐という要素が加わったからである、と。

 そうであるから不快で人に不安を与えるものなのだと。

 彼自身はそうはっきりとは言っていない。こういうのは自ら言うと人は信じにくいものだ。

 お前の解釈をこちらに押し付けるな、そういうのって疑わしいな、と。

 だけども自分の頭を働かせて得た解釈を人は信じる。自分の気づきを人は疑わず信じやすい。

 これはひとつの陰謀論にかかる心のメカニズムである。

 誰しも己の中で得た気づきや結論の正しさを信じたいのだ。

 自分の気づきに対して疑問符をつけて検討をすることは学者及び研究者などに必須のスキルであろうが、そこまでは中々辿り着けはしない。

 ましてや目の前の脅威、心の動揺をもたらすものに対してすぐさま心の中で対処しなければならない。

 すぐさま結論にとびつかねばならない。そしてそれは彼のひとつの目的である。

 人は解釈できないものを嫌う。分からないものを嫌う。

 嫌い疎んじることを彼はよく知っていた。醜い顔をして生きてきたそれまでの人生で学んできた。

「あいつのことが分からない」

 これは人間の憎悪のもとである。知らない言葉を話すものに対しての恐怖心もそれである。

 なんだかわからないが……こいつは何か自分に危害を加えるのではないか? 危険な奴らだ!

 まさしくこれぞ陰謀論。

 予感と自分の妄想こそ分からぬ相手に対する加害の動機となる。

 しかし自ら進んで解釈させるとしたら?

 何かを隠すためにそうしているのだとしたら。分かりやすさは分かりにくさを隠すための偽装でもある。

 それはこうである。実は彼本人としては己の醜さと特に気にしていないということ。

 鏡に映る自分は客観的に見て人を不快にさせる色と形をしていると確認しているに過ぎない。

 だがそんなことは誰も信じない。信じるはずがないのだ。

 だってお前はそんなに醜いのだぞ、気にしていないとおかしいだろ!

 人はみんな自分は醜くないか気にして生きているのになんだその態度は!

 しかもそれがそんな醜い奴だなんて……ちゃんと鏡に映る己の醜さに脂汗を流す蝦蟇を見習え!

 こう思うかもしれない。すぐさま逆を連想するように美はそうはならない。

 美とは自然でありそこにあっていいものであるからだ。

 美は自覚がなくても良い。自分にとってそれは快感であるのだからだ。

 よって美には自ら関心が無くても許されるが醜は許されないということだ。

 お前が気にしないというわけを言うのだ! そうなった理由を言え!

 お前は自分の醜に興味がなくてもこちらは持たざるを得ないのだ!

 だからこその直接的ではない説明を分かりやすい理由をそう解釈させるための技を、彼はそれを身につけている。

 真実の自分を隠すために。自分の目的を果たすための対人操作を心得ている。

 そうである。彼は自分の醜さには関心が無く先祖の罪など興味が無く母の仇討ちなんてものはどうでもいい。

 ただ一点だけ彼の興味どころか命を懸けているものがある。

 美だ。そう、美と一体化することをこのこの世で最も醜い顔をした男が願っているのだ。

 こんな願いは誰も受け入れられない。身の程知らずが恥を知れ!

 だからこそ隠す。

 その美とは彼の弟……そう彼の弟は間違いなくこの世で最も美しい男の子と言っても過言ではないのだ。

 どういうことだ! とまた話が混乱し人によっては叫ぶだろう。

 どうなっているのか、それはまた次回に。そして彼の名もまた明かされる。