王子たち三人はその例の新王妃には会ってはいない。会わないようにしている。
そもそも王自身が新王妃を人目に晒さないようにしていた。隠しているのである。
王子の一人がこう推定した。あれは魔性のものであると。
父である王は女好きであり、いくらでも女に不自由しないというのについにここに捕らえられてしまった。
今までにないことであり彼らは思う。年貢の納め時といえばそれまでだが、しかしこれは物の怪の類ではないかと?
実に有り得る話だ。三人の母である第一王妃の話を聞くに引きつれている妹は噂以上の怪物そのものという話であるし。
悪鬼羅刹の化身でありおまけに恐るべく悪知恵の働くと。あの賢い母が認めるのだから想像を絶する存在だと息子たちにはすぐに了解できた。
新王妃がそんなのと同じ血が流れているということは本質的に二人は同じなのでは?
上っ面は天女だがその皮膚一枚下は化け物であるのかもしれない。美女の皮を被った悪鬼で……まぁ人間は皮膚を剥げばみんな同じかもしれないがそこは置いておく。
逆バージョンで姥皮というものがあり醜いものが実は美であったはロマンスだがそこも脇に置いておく。
さて、奴らの目的とはなんだ? 国の乗っ取りだ。そうだそれに決まっている。そういった陰謀のもと動いているのだ。
暗躍し影の政府を樹立しようと目論んでいるに違いない。
そうだとしたら我々のやるべきことは何か? このまま国を奪われるのを指をくわえて見ていろとでも言うのか?
座して国が滅ぼされるのを黙って眺めているとでもいうのか?
だったらここはあいつらの陰謀を見抜いた我々の力で打倒する! 立てよ王子!
ここで頼りになるのが陰謀論である。
自分の都合の悪い出来事が起きた際に真っ先に考えることに敵の悪魔化。
人間ではないというのが最も好都合である。人でないなら殺しても心が痛まないからである。
それどころか物の怪の類ならもっと良い。倒したものは英雄となるからだ。建国の神話に化け物退治がよく出てくるが化け物とは敵を人間と見ていないから出る表現でもある。
三人集まれば文殊の知恵という言葉もあるが三人集まれば盛り上がる陰謀論でもある。
この件に関してのみ意気投合する血気盛んな年ごろの青年が三人も集まり。酒でも飲んでいればそれはもう大盛り上がりというもの。
政敵の排除をどうしたらいいか? 排除したら絶対に得する相手をどう倒すか? これぐらい熱くなれる議論はあるのか? いや、ない。
人間は政治的な存在である。政治の狭義の定義として二人以上のことを決めるというもの。
例えば二人でお昼ご飯を食べる時にどうするか? この意見のやり取りが政治となるのだ。
自分達に関わる何かを決めることが政治でありその点で我々は毎日何らかの形で政治的判断を行っていることとなる。
そして意見の対立が起こると嫌だから誰もが本心を我慢しながら同調することもある。
この三人の王子もライバル関係にあるために本音を打ち明けたりしたことは無く反目し続けた。
だが今回に限っては共通の敵の出現で意気投合一致団結というこれまでにない心地よさを覚えていた。
本来ならば仲の良い兄弟の可能性もあったがこれまでそれが叶わなかったのである。
だからこそこの新鮮な連帯感からの陰謀論も加速する。誰もそれを止めないし楽しいからである。
そのなかにいればファシズムはとても楽しいのだ。みんな同じ思想を抱き同じ敵と戦い勝てば救世主となれる、最高のファンタジーだ。
物語、かくあれかし、色々な角度から見せるんじゃあない、物語に乗れないじゃないか!
これによって姉妹はとてつもない存在となっていく。
王を篭絡し誑かし国を乗っ取ろうとしている。しかも王子三人を殺害しようと計画している、と。
最後のは論理の飛躍だが本人たちにとっての認識はそうではない。
奴らはそこまでしておいてなぜ自分たちを殺さないというのか? お邪魔虫は暗殺するに決まっている。これは権力闘争とクーデタそして陰謀なのだ。
やるかやられるかのどちらかだ!
それに奴らは一度も姿を見せない我々を警戒しているに決まっている。
そうである。母の元第一王妃の人づてでの情報では新王妃は一度会ったら相手を魅了し意のままに動かせるということだ。
まさに魔性の術であり傾国の何よりの証拠! 身体的暴力により支配と心理的洗脳による支配、さすがは同じ鬼の血を引く姉妹といったところ。
あちらはさては我々の力に気づいたかおのれ! と思っているに違いない。どうすればよいか……
繰り返すが倒すのには理由が必要であり理屈がないといけない。
全ては仮定だがその仮定の中でもっとも切実なのは自分の命に関わることである。
やらなければそのうちやられる、だったら先にやるのは許される、それは人として正しい行いだ。
戦争の開戦理由に「そのうち先に攻撃されるのだから、その前にこちらが先に攻撃を仕掛ける」という倒錯した論理が大真面目に展開され支持者すら集めるのと似た構造だ。
かくして最後の心理的なハードルは取り払われた。女二人と赤子を殺す論理が完成する。
陰謀論はそのいった悪事を許すための言い訳物語。
王位を取られるのが……いいや違う、自分たちの思い通りにならないことが許せないから殺害する、を糊塗することが目的である。
彼らは逆に常識や良識があるからこそガチガチに論理武装したことになる。会わないのも会ってしまうと躊躇いが生まれそうだからでもある。
知らないからこそなんでも出来る。始めから完全に悪であるからこそ、こうした物語を作るのではない。
悪に耐えられないからこそ物語を求めて作りだすのだ。それは神への祈りにも似ているし宗教との親和性も高いだろう。
かくして彼らの物語は完成した。三人による血判書もできたからもう引き下げれない。姉妹の思惑などもはや無関係である。
真実が大切なのではない解釈こそが大切なのだ。
この三人の陰謀論はよそに姉妹とサビそしてテツは健やかに暮らしていた。
次回、妹の計略と王様の老醜への不安をお送りします。



