醜と美そして陰謀論、を物語る。


 王は女の子が産まれても女王にするつもりであったし彼女にも念押しをしていた。

 たとえ男の子でなくてもがっかりしないでくれと。君と自分の子こそが次の王だと。

「どのみち両方欲しいですよね」

 そうだねと彼女の返事に王は微笑んだ。あれこれ不安はあったものの男の子が産まれたことに王は歓喜した。これで確実だと! 

 姉は子そのものを喜びそして妹も顔には出さなくても心中では喜びに狂喜乱舞している。

 さすがは姉上だ! 次期王を産んだことで二つのものを同時に手に入れ体現できることになった。

 王権と美、その二つを合わせたものをここに……自分はそれを守るものとして世界を手に入れて支配する。

 闇の底から湧き上がる漆黒の意思を発動させる妹の傍らには息子の姿があり、その手はしっかりと母に握られている。

 言わなくても私の意思が分かるだろ? とでも言うかのように握りそして握り返されていた

 さて朗報あれば悲報あり。スポーツ報道と同じく戦勝報告と戦敗報告もそれと同じである。

 片方が歓喜でいっぱいとなれば片方は悲嘆に浸るしかない。

 例の王子たちである。男の子が産まれて3人ともがっくりと来た。

 当てが完全に外れたのだ。賭けの分はそれほど悪くはなかった。

 男の子か女の子かの2分の1ではなく3分の1または4分の1でもあった。

 王はここまで連続で男の子を産ませているのだ。確率的には次は女の子だとしてもおかしくはない。

 本人も自覚があり次は女の子かもしれないという不安があった。

 しかもこれは本来関係ないが老齢でもある。

 本人の意識のなかに自分は若くて元気であるから男の子を産ませることができたといった思い込みもあり、周りのものも迷信的にそう思っていた。

 王子たちもそう思いまた信じることにしていた。それ以外に出来ることがないのだから迷信にすがり祈るしかない。どうか元気な女の子が産まれるように!

 だが男の子が産まれてしまったのだ! さてどうしようと三人兄弟は久々に顔を合わせることとなった。

 そう久々だと書いた理由はこの三人は仲が良くない。むしろすこぶる悪い。

 当然である。互いはライバルであるのだからできれば顔を合わせるだけでも避けたいところ。

 しかし共通の敵が出来たことによってこうして顔合わせができるようになったのである。

 あれ? こういう場合は嫡子相続の鉄則があるのではないのか? とお思いの方もあろう。

 そこを少しご説明したい。かつてこの国も嫡子相続が基本であった。

 こうすることのメリットは兄弟間で争いが無くなるという点にある。長男が絶対なら争っても仕方がないというところ。

 その反面のデメリットが、嫡子が怠け者になりがちだというもの。始めから決まっているのなら努力なんかしたくない。イヤなことは徹底的に避ける根性無しというやつ。

 身体の鍛錬や勉学に勤しむなんてしても仕方がない。遊んで楽しく暮らしたい。おまけにろくでもない取り巻きに囲まれてクズの遊びも教わってしまう。

 するとどうだろう、ここに怠惰極まるドラ息子が出来上がってしまい結果的に国が傾いて内乱が勃発してしまう。 

 バカ息子過ぎて国と世界が滅! 大袈裟ではなくこれはあるのだ。

 あちらを立てればこちらが立たぬ、これぞジレンマというもの。

 歴史とはこれである。あらゆる偉大な英雄や豪傑そして名君が子育てに失敗し、ロクでもない後継者しか育てられなかった例はいくらでもあろうもの。

 子育てだけはいかなる英雄でもどうにもならぬものである。平清盛がいくら最強でも妻と子の教育は出来ずに平家滅亡と相成った。

 そう思い通りにならない男の子の教育。それは歴史を学べばいくらでも出てくる悲劇である。

 だが考えなければならない。

 はたして兄弟感で喧嘩をしないようにしてかつ互いに切磋琢磨し努力する仕組みはないものか?

 都合が良すぎる答えを導きだせないものか? この難題をとある名君がついに解いた。

 それは後継者を頻繁に変えるということ。

 どういうことかというと後継者の名前を机の引き出しに入れておくが、それが誰なのかは毎日の行いによって変更する手法。つまり昨日までは後継者候補1位であったが今日怠けていたので2位に後退するというもの。

 日々の行いによって変更するということである。

 こうすれば兄弟間はライバルであるがそれは己を高め合うためのライバルであり命を懸けた闘争には至らない。

 要するに自分が努力すればするほど王の座に近づけるということだ。

 これによってドラ息子な王は消滅し暗愚なる時代は訪れなくなった。やる気があるならバカなことをしている暇がなくなるというわけだ。

 この三人の王子もそのつもりで日々暮らしてきた。王の目に叶うために努力を重ねてきた、これは親子関係よりも先輩後輩・上司・部下な関係に近いものがある。ところがここで危機の到来だ。

 美に目が眩んだ王がなんと赤子を後継者筆頭にしようとしている。

 評価する点は美そのものだから……なんということだ! いきなり美が評価軸の中心に来た。

 やってはいけないことである。言うまでもなく努力と同じところに美を持って来てはならない。

 それは主観が過ぎる。努力というのはあいつのことは気に入らないが能力があり成績が良いから認めるしかない、というところに価値がある。

 ここに美を一緒のところに入れてみよう。

 成績は良いが醜いから認めない、というとんでもない結果となる。頭は良いけどブスじゃん、この理不尽極まる評価だ。関係ないだろ。

 これに若さも加えてみよう、わぁ、目も当てられないこととなる。

 成績は良くないが若くて美人だから認めよう、これは恐ろしい結果になるしかない。

 ドラ息子の再来! これもまた国が滅びてしまう要因になるではないか! いや美も頑張りや努力だって言われたら頷いてしまう、そこも危険なのだ。美とは肩入れしやすいものだからこそそれはいけない。

 評価するべき優先順位を揺るがしてはならないのだ。

 もちろん王本人に問い質してもそう言わないだろう。

 いやいや自分はこの子を後継者にしたのは若さや美ではないよ、それ以外のところを評価してね、と。ほら国内中探したところたまたま後継者がうちの息子だったという北の将軍とおんなじさ。

 そんなの嘘である。だが気持ちは分かる、繰り返すがこれが危ないのだ。見た目が良いと賢くて有能だと人は思いたがる心理が働きそして失敗する。

 努力や能力で価値が争うところに若さや美を放り投げるとたちまちのうちにその空間は別物となってしまう。

 まるで努力や能力は美に対して奉仕しなければならないということとなってしまう。そしてそんな世界を目指しているものがいる。

「傾国が!」

 王子の一人が言い他二人も頷いた。

 次回、傾国に与える鉄槌、その恐るべき陰謀論。