デートを終えて家に帰った二人は、翌日朝早くから待ち合わせをし、車で撮影スタジオへと向かった。この日は長期にわたって撮影を続けてきたドラマの、最後のクランクアップを迎える日だった。
スタジオに着くと、まずメイクルームへ入り、メイクアップアーティストの手で役柄に合わせた顔づくりを施され、続いて衣装室へ移って最終シーンにふさわしい服装に着替えた。準備が整うと、スタッフたちがカメラの位置や照明、音響の調整を進め、現場に緊張感と期待感が漂い始めた。
一方、物語の舞台となる家の一室では、貞夫に静かな病の影が忍び寄っていた。認知症が少しずつ進行し、日に日に悪化していく様子が見え始めていた。彼は一日中、同じ言葉を繰り返すようになっていた。
「今日は愛斗が来てくれるかな……」
「きっと来てくれるといいね」
ふみは柔らかい声で応えながらも、心の奥底では不安が渦巻いていた。今日こそ愛斗が釈放される日だと、彼女だけが知っていた。だが、もし長い時間の空白で自分のことを忘れてしまっていたら、もうここへは戻ってきてくれないのではないか——そんな暗い思いが胸を締めつけ、息苦しさを覚えるほどだった。
そんなある日、ふみはベッドに横になる貞夫の穏やかな横顔を、デジタルカメラに収めようとレンズを向けた。
カシャリ。
シャッターの音が、静まり返った部屋にはっきりと響く。ふみがレンズから目を離して前を向いた瞬間、そこには見慣れた、忘れるはずもない背中が立っていた。
「……愛斗くん?」
言葉が喉に詰まり、次の瞬間には堰を切ったように涙があふれ出した。彼がこうして自分のもとへ帰ってきてくれたこと、ただそれだけが何よりも嬉しく、胸が熱く震えた。
愛斗はゆっくりと一歩ずつ近づき、手に持った一枚の封筒を差し出した。ふみが震える指で開けると、中には不起訴処分を証する正式な書類が納まっていた。
「ふみ、もう一度俺とやり直してほしい。俺は昔から、お前じゃなければだめなんだ。他の誰でも、何も代わりにはならない」
ふみは指の甲で涙を拭い、かすかにだが確かな笑みを浮かべて頷いた。
「もちろんだよ。私もずっと、同じ気持ちだった。待っていたの、ずっと」
言い終えると、彼女は愛斗の胸元へと飛び込み、強く抱きついた。そして彼の顔を見上げ、柔らかく唇を重ねた。長く、深く、久しぶりに心から通じ合う口づけだった。唇を離した後、二人はしばらく笑い合った。ベッドに横たわる貞夫も、その様子をぼんやりと眺めながら、穏やかで嬉しそうな笑みを浮かべていた。愛斗は貞夫の前に背筋を伸ばし、ふみの手をしっかりと握り、これから共に歩んでいく決意を真っ直ぐに告げた。
「これからは二人で、ゆっくりとでも前を向いていきます」
「以上のカットを持ちまして、このシーン、クランクアップです!」
監督の声が現場に響き、拍手が一斉に湧き上がった。
「末野真戸役、末山愛斗さん。唐山ふみ役、千沢敦子さん。貞夫役、長山英和さん。そしてキャスト・スタッフ一同、これにてオールアップです!」
撮影が完全に終了し、皆が集まって感想を述べる時間となった。末山愛斗が一歩前に出て、深く一礼した。
「僕は高校生の頃から、千沢敦子さんに憧れて芸能界に入りました。まさかこうしてドラマで共演できるだけでなく、ラブシーンまで演じさせていただき、今では現実でも交際するようになりました。本当に幸せです。三ヶ月間、皆さんに支えていただき、ありがとうございました」
続いて貞夫役の長山英和が穏やかな笑顔で話した。
「愛斗くんも敦子さんも、この三ヶ月で役柄を深く理解し、見事に演じてくれました。現実でもこうして二人が結ばれたと聞いて、私も本当に嬉しいです。これからもお互いを大切に歩んでください」
千沢敦子も柔らかい声で応えた。
「私も愛斗くんと共演できて、毎日が新鮮で学ぶことばかりでした。役を通じて距離が縮まり、今では恋人同士として歩み始められたこと、とても幸せに思っています。スタッフの皆さん、本当にありがとうございました」
話し終えると、愛斗は敦子をそっと抱き寄せ、周りの祝福を受けながら、温かく唇を重ねた。長山英和も二人の肩を叩き、心からの祝福の言葉を送り、二人は改めて深くお礼を述べた
撮影の後、二人は近くの居酒屋へと向かった。打ち上げとして食事を楽しんだが、二人ともお酒は飲まず、ジュースやソフトドリンクで乾杯し、撮影中の思い出話やこれからの予定をゆっくりと語り合った。
夜が更け、二人は愛斗の家へと戻った。ドラマの役柄としてではなく、現実の恋人同士として、初めてゆっくりと向き合う夜だった。
明かりを少し落とした部屋の中で、愛斗は敦子を抱き寄せ、柔らかく口づける。役の演技ではない、心から湧き上がる愛おしさだけが、二人の間を満たしていく。肌と肌が触れ合い、囁き合う言葉は、すべて自分たちだけのものだった。長い撮影の日々を終え、これから始まる二人だけの時間が、静かに、確かに始まっていった。
スタジオに着くと、まずメイクルームへ入り、メイクアップアーティストの手で役柄に合わせた顔づくりを施され、続いて衣装室へ移って最終シーンにふさわしい服装に着替えた。準備が整うと、スタッフたちがカメラの位置や照明、音響の調整を進め、現場に緊張感と期待感が漂い始めた。
一方、物語の舞台となる家の一室では、貞夫に静かな病の影が忍び寄っていた。認知症が少しずつ進行し、日に日に悪化していく様子が見え始めていた。彼は一日中、同じ言葉を繰り返すようになっていた。
「今日は愛斗が来てくれるかな……」
「きっと来てくれるといいね」
ふみは柔らかい声で応えながらも、心の奥底では不安が渦巻いていた。今日こそ愛斗が釈放される日だと、彼女だけが知っていた。だが、もし長い時間の空白で自分のことを忘れてしまっていたら、もうここへは戻ってきてくれないのではないか——そんな暗い思いが胸を締めつけ、息苦しさを覚えるほどだった。
そんなある日、ふみはベッドに横になる貞夫の穏やかな横顔を、デジタルカメラに収めようとレンズを向けた。
カシャリ。
シャッターの音が、静まり返った部屋にはっきりと響く。ふみがレンズから目を離して前を向いた瞬間、そこには見慣れた、忘れるはずもない背中が立っていた。
「……愛斗くん?」
言葉が喉に詰まり、次の瞬間には堰を切ったように涙があふれ出した。彼がこうして自分のもとへ帰ってきてくれたこと、ただそれだけが何よりも嬉しく、胸が熱く震えた。
愛斗はゆっくりと一歩ずつ近づき、手に持った一枚の封筒を差し出した。ふみが震える指で開けると、中には不起訴処分を証する正式な書類が納まっていた。
「ふみ、もう一度俺とやり直してほしい。俺は昔から、お前じゃなければだめなんだ。他の誰でも、何も代わりにはならない」
ふみは指の甲で涙を拭い、かすかにだが確かな笑みを浮かべて頷いた。
「もちろんだよ。私もずっと、同じ気持ちだった。待っていたの、ずっと」
言い終えると、彼女は愛斗の胸元へと飛び込み、強く抱きついた。そして彼の顔を見上げ、柔らかく唇を重ねた。長く、深く、久しぶりに心から通じ合う口づけだった。唇を離した後、二人はしばらく笑い合った。ベッドに横たわる貞夫も、その様子をぼんやりと眺めながら、穏やかで嬉しそうな笑みを浮かべていた。愛斗は貞夫の前に背筋を伸ばし、ふみの手をしっかりと握り、これから共に歩んでいく決意を真っ直ぐに告げた。
「これからは二人で、ゆっくりとでも前を向いていきます」
「以上のカットを持ちまして、このシーン、クランクアップです!」
監督の声が現場に響き、拍手が一斉に湧き上がった。
「末野真戸役、末山愛斗さん。唐山ふみ役、千沢敦子さん。貞夫役、長山英和さん。そしてキャスト・スタッフ一同、これにてオールアップです!」
撮影が完全に終了し、皆が集まって感想を述べる時間となった。末山愛斗が一歩前に出て、深く一礼した。
「僕は高校生の頃から、千沢敦子さんに憧れて芸能界に入りました。まさかこうしてドラマで共演できるだけでなく、ラブシーンまで演じさせていただき、今では現実でも交際するようになりました。本当に幸せです。三ヶ月間、皆さんに支えていただき、ありがとうございました」
続いて貞夫役の長山英和が穏やかな笑顔で話した。
「愛斗くんも敦子さんも、この三ヶ月で役柄を深く理解し、見事に演じてくれました。現実でもこうして二人が結ばれたと聞いて、私も本当に嬉しいです。これからもお互いを大切に歩んでください」
千沢敦子も柔らかい声で応えた。
「私も愛斗くんと共演できて、毎日が新鮮で学ぶことばかりでした。役を通じて距離が縮まり、今では恋人同士として歩み始められたこと、とても幸せに思っています。スタッフの皆さん、本当にありがとうございました」
話し終えると、愛斗は敦子をそっと抱き寄せ、周りの祝福を受けながら、温かく唇を重ねた。長山英和も二人の肩を叩き、心からの祝福の言葉を送り、二人は改めて深くお礼を述べた
撮影の後、二人は近くの居酒屋へと向かった。打ち上げとして食事を楽しんだが、二人ともお酒は飲まず、ジュースやソフトドリンクで乾杯し、撮影中の思い出話やこれからの予定をゆっくりと語り合った。
夜が更け、二人は愛斗の家へと戻った。ドラマの役柄としてではなく、現実の恋人同士として、初めてゆっくりと向き合う夜だった。
明かりを少し落とした部屋の中で、愛斗は敦子を抱き寄せ、柔らかく口づける。役の演技ではない、心から湧き上がる愛おしさだけが、二人の間を満たしていく。肌と肌が触れ合い、囁き合う言葉は、すべて自分たちだけのものだった。長い撮影の日々を終え、これから始まる二人だけの時間が、静かに、確かに始まっていった。

