20年越しの初恋カメラの向こうの君と

次の日は二人とも休みだった。愛斗は朝、待ち合わせ場所に着くと、少し緊張した面持ちで仙道敦子の姿を探した。彼女が現れると、自然に並んで歩き出し、昭和レトロな雰囲気の漂う街並みへと向かった。
街の石畳をゆっくりと歩いているうちに、敦子がそっと愛斗の手を取った。愛斗ははっとして周囲を見回し、小声で言った。
「敦子さん、誰かに見られたらまずいですよ」
敦子はくすりと笑い、手を離そうとしないまま答える。
「別にいいじゃない。私は平気だよ」
愛斗は少しの間逡巡した後、握り返すように手を緩めた。
「……じゃあ、いいですよ」
「うん」
敦子は、愛斗が照れくさそうに頬を染め、視線をそらす様子を見て、また柔らかく笑った。やがて首元から紐を引き出し、新品らしいカメラを取り出して首にかける。
「敦子さん、カメラ買ったんですか?」
「うん。ドラマでカメラマンの役をやっているでしょ? それですっかりハマっちゃって。愛斗くんもたくさん撮るからね」
「ありがとう。実は俺も、今日は持ってきたんだ」
愛斗もカバンからカメラを取り出すと、敦子は目を丸くして嬉しそうに言った。
「一緒だね」
「うん」
話に夢中になっているうちに、時計の針は昼過ぎを指していた。二人は道沿いにある、昔ながらの雰囲気のレストランへと入った。
メニューを開き、揚げパンとナポリタンのセットを二つ注文する。運ばれてくると、湯気の立つ皿を前に、敦子が目を細めた。
「揚げパン、懐かしいね。いただきます」
「はい、いただきます」
口に運ぶと、きなこの甘い香りが広がる。敦子は幸せそうに頷く。
「きなこがたっぷりついて、すごく美味しい。本当に久しぶりに食べたわ」
まるで子供の頃の学校給食を思い出すように、二人はゆっくりと味わって食べた。店を出ると、柔らかな日差しの中を再び歩き、目指していた展示会へと向かった。
会場に入ると、壁に飾られた一枚のポスターに敦子の足が止まった。
「あ、懐かしいな。これ、昔出た作品のポスターだ」
愛斗は隣からじっと見つめ、優しく言った。
「すごく可愛いですね。昔も今も、変わらないです」
敦子は少し照れたように笑い、肩を叩く。
「ありがとう、嬉しいわ」
さらに奥へ進むと、昭和時代の居間を再現したコーナーが目に入った。黒電話にブラウン管テレビ、レコード棚までが当時のままに置かれている。愛斗は足を止め、敦子の方を向いて真剣な眼差しで言った。
「敦子さん、よかったら……昔出ていた『とんぼ』の告白シーン、ここで再現してみたいです」
敦子は少し驚いたように瞬きした後、柔らかく頷いた。
「いいよ、やってみようか」
「ありがとうございます」
二人は部屋の奥へと進み、木目の落ち着いた年代物のちゃぶ台を挟んで向かい合って座った。テーブルの真ん中には、とんぼ玉で作られたランプが一つ、ゆらゆらと柔らかな光を投げかけている。
愛斗は指先で、そのとんぼ玉の表面をそっとなぞる。普段の強気で突っ張った雰囲気はどこかに消え、声も低く落ち着いた調子になった。
「こんな古いちゃぶ台、今ではめったに見ないけど……昔はこの上で、家族のことも悩み事も、何でも話し合っていたんだろうな」
ランプの灯りを見つめたまま少し間を置き、ゆっくりと顔を上げて敦子を見る。
「このとんぼ玉の光、不思議だよ。時間がゆっくり戻っていくようで、自分の心の奥にしまっていた言葉まで、浮かび上がってくるみたいだ」
指を軽く握り、少しだけ声に力を込めて、まっすぐに告げる。
「あずさ……ずっと言い出せなかったけど、今日この場所で、はっきり伝えるよ。俺、お前のことが好きだ。普段は強がったり余計なことを言ったりするけど、心からそう思ってる。こんな昭和の空気に包まれて、昔の人たちが素直に想いを伝えていたように、俺も自分の気持ちに嘘をつきたくないんだ」
愛斗はテーブルの上に手を伸ばし、敦子の手の上にそっと重ねた。
「派手な台詞は言えない。だけど、このちゃぶ台のように、変わらずにお前のそばにいて、何でも話し合える関係になりたい。俺のこの気持ち……受け取ってもらえるか?」
敦子は静かに目を細め、柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「はい」
愛斗は安堵したように息を吐き、微笑む。
「敦子さん、ありがとう」
「いいよ。私も久しぶりに『あずさ』に戻れて、すごく嬉しかったわ」
「よかった」
とんぼ玉の灯りが二人の手元を照らし、昭和の懐かしい空気の中で、その日一日の記憶が、写真にも心にも、ゆっくりと刻まれていった。