ずっと探していたあの声が、後ろの方から聞こえた。
僕は思わず振り返る。
一瞬で、ロビーに満ちていたざわめきが遠のいて、身体中の神経が一点に集中するのがわかった。
「いってらっしゃいませ」
そこには黒い制服を身に纏い、にこやかに会釈をする女性がいた。
見つけた――。
そのつもりでロビーまで降りてきて、記憶の声を頼りに探していたくせに、いざとなると動けなかった。
視線が縫い付けられたみたいに彼女から外せない。
エレベーターホールに向かうゲストが姿を消すまで、彼女は丁寧にお辞儀をしていた。
その横顔から、目が離せなかった。
心臓がバクバクする。
ライブが始まる前の、暗闇の中でリフトが上がるのを待っているあの時みたいに。
そして、ゲストを見送った彼女はゆっくりとロビーを見渡し――
僕の方を見た。
あっ、まずい――
慌てて視線を逸らそうとしたけれど、遅かった。
彼女は僕を見て、やわらかく微笑んだ。
そしてそのまま僕の方へ向かって歩いてくる。
やばい、どうしよう。
そう思うのに、やっぱり目線を逸らせなかった。
きれいに整えられた制服姿が徐々にはっきり見えてくる。
髪もきれいに整えられていて、前髪が綺麗な弧を描いている。
その歩き方さえも無駄がなくて洗練されていた。
そして僕の目の前まで来た彼女は、すごく自然にソファの前に腰を落として僕を見上げた。
「おはようございます。何かお探しでしょうか?」
間近で聞く彼女の声は電話越しよりも、もっと柔らかかった。
『おはようございます』
『なにかおさがしでしょうか』
柔らかい声を頭の中で繰り返しながらハッとする。
……何か答えないと。
『なにかおさがしでしょうか』
……と尋ねられても、何も探してない。
何もしていない。
그냥 앉아있어요 《ただ、座っているだけです》
って日本語でなんて言うんだろう。
ダメだ、咄嗟には出てこない。
だから頭の中の日本語の引き出しを全部ひっくり返して、この状況に使えそうなものをかき集めた。
そしてなんとか捻り出したのは――
「……トイレ、どこですか?」


