天平恋詠~極道のお嬢が奈良時代に転生~病弱皇子を守って、この国、あたしが変えてみせます!


 静かな沈黙が落ちた。

 香《こう》の香りが、ふわりと漂う。

 誰も口を開かない。

 父も、母も。

 兄たちも。

 ただ――首皇子《おびとおうじ》だけが、静かにこちらを見ていた。

 その視線が、まっすぐだった。

 逃げない。

 ごまかさない。

 そんな目。

 そして。

 彼は、ゆっくりと口を開いた。

「光明《こうみょう》」

 低く、やさしい声。

 だけど。

 その声は、少しだけ震えていた。

「急な話で……驚かせてしまったと思う」

 静かな言葉。

 押しつける感じは、ない。

 でも。

 ちゃんと本気なのが伝わる。

「私は……丈夫ではありません」

 少し、自嘲《じちょう》するように笑う。

「病に伏すことも多い」

 胸が、少しだけ痛んだ。

 そんなふうに、自分を言うなよ。

 そう思った。

「きっと……頼りない夫になる」

 え。

 いや。

 その顔でそれ言う?

 守ってあげたくなるんだけど。

 すると。

 首皇子が、少しだけ目を伏せた。

「でも」

 空気が変わる。

 彼が、まっすぐ顔を上げた。

 静かな瞳。

 だけど。

 そこには、ちゃんと熱があった。

「あなたがいると――安心する」

 どくん。

 心臓が鳴った。

「強くて」

「やさしくて」

「誰かのために怒れる人だから」

 言葉を選ぶように、ゆっくり話す。

「あなたといると……私は、私でいられる」

 息が止まりそうになった。

 そんなこと。

 言われたこと、ない。

「だから」

 一瞬。

 彼がためらう。

 でも。

 次の瞬間。

 覚悟を決めたように、こちらを見た。

「光明」

 その声だけで。

 胸が、きゅっと苦しくなる。

「私の――」

 静かな風が吹いた。

 御簾《みす》が、ふわりと揺れる。

「妻になってくれませんか」

 しん、と部屋が静まった。

 え。

 待って。

 今の。

 破壊力高すぎない?

 病弱美形皇子が。

 真っ赤になりながら。

 そんな顔で。

 そんな真っ直ぐ言ってくるの――。

(……ずるい)

 反則。

 こんなの。

 断れるわけ、ないじゃん。