隣の席の悪魔【旧版】

春。

図書館の窓から、
やわらかい風が入ってくる。

私は返却された本を棚へ戻しながら、
何度も時計を見ていた。

今日。

空くんが帰ってくる。

本当に。

ちゃんと。

この街へ。



閉館のチャイムが鳴った時、
私は反射みたいに立ち上がっていた。

「すみません!
お先します!!」

先輩司書さんが、
笑いながら手を振る。

私は鞄を掴んで、
図書館を飛び出した。



夕方。

春の風。

駅までの道。

私は走る。

息が上がる。

でも、
止まれない。

昔みたいだ。

放課後。

夕焼け。

隣を走ってた頃みたい。

その時。

駅前の横断歩道。

向こう側に、
見慣れた人影が見えた。

白いシャツ。

長いまつ毛。

少しクセのある髪。

……空くん。

空くんも、
こっちへ走ってきてる。

私は思わず笑った。

「空くん!!」

大きく手を振る私に、
空くんが、
少しだけ目を細める。

信号が変わる。

私たちはそのまま、
駅前で立ち止まった。

息、
上がってる。

「……走んな」

空くんが、
息を整えながら言う。

「空くんもじゃん!」

春の風が吹く。

夕焼け。

並ぶ影。

私は息を吐いて、
小さく笑った。

「おかえり」

その瞬間。

空くんが、
少しだけ目を細める。

「ただいま」



並んで歩く。

春の風。

隣の歩幅。

昔みたいなのに。

繋いだ手だけが、
あの頃と違っていた。

私はふと空くんを見る。

「……空くん、
背伸びたよね」

空くんは、
少しだけ眉を寄せる。

「お前も」

「たしかに」

私は思わず笑った。

中学の頃。

首が痛くなるくらい、
見上げてた。

でも。

空くんの背が伸びたぶん、
私の背も少し伸びた。

私たちの目線の距離は、
あの頃のままだった。

「私、
小さいままのほうがよかった?」

苦笑いする私を見て、
空くんが、
ふっと笑う。

「……ちょうどいい」

「え?」

空くんは、
まっすぐ私を見る。

そして。

「近いから」

そう呟いて。

空くんの顔が、
ゆっくり近づく。

私は一気に固まる。

でも。

空くんは、
寸前で止まった。

数秒の沈黙。

そして。

ふっ。

空くんが下を向いて笑う。

「……顔、まっっ赤」

「っっっ!!!」

私は一気に空くんを押す。

「な、なにしてんの!?」

「別に」

「別にじゃないし!!」

私は真っ赤なまま俯く。

そして。

ぽつり。

「……チューかと思ったのに」

その瞬間。

空くんが、
少しだけ止まる。

そして。

もう一度近づいてくる顔。

今度こそ、
と目を閉じる私。

その時。

耳元に、
低い声。

「……気が向いたら」

「っ……ずるい」

ムカつく背中に、
私はぎゅっと抱きついた。

空くんは、
また笑ってる。

意地悪な悪魔の、
笑い声。

夕焼け。

並ぶ影。

私たちは、
また並んで歩き出す。

春の風が、
静かに背中を押していた。





あとがき

ここまで読んでくださって、
本当にありがとうございました。

空と紬の物語を、
最後まで見届けてもらえて嬉しいです。

「隣の席の悪魔」は、
私自身の大切な思い出や感情を重ねながら、
大事に描いてきた物語でした。

離れても、
時間が過ぎても、
変わらず心に残る人がいること。

ちゃんと前を向いて歩いていても、
どうしても忘れられない景色があること。

そんな時間の尊さを、
二人に込めています。

少しでも、
空と紬の日々が、
みなさんの心に残ってくれたら嬉しいです。

そして。

今後は番外編も更新予定です。

……気が向いたら。

星待ゆら