「……見たんだよ、俺。翔と部屋を出て歩いてる途中、海緒ちゃんが呼吸困難の一歩手前までいったところ」
佐原の声は、今にも消えてしまいそうなほど掠れていた。
あいつはその光景を、陰から見ていたのか。
自分の引き起こした事態の重さを、その目で、逃げ場のない現実として突きつけられたんだ。
「………」
俺は何も言えなかった。
あの日以来、初めて見たあの乱れた呼吸。
彼女がどれほどの恐怖と自責の念に押し潰されていたか。それを思い出すだけで、喉の奥が熱くなる。
「好きな人を、苦しめたんだ。俺の勝手な、行き過ぎた行動が」
自嘲気味に笑う佐原の瞳は、ひどく濁っていた。
海緒を喜ばせたくて、振り向かせたくて取った行動が、結果として彼女を一番深い闇へと突き落としてしまった。
あいつにとって、これ以上の絶望はないだろう。
さっきまでの「勝手すぎる」という俺の怒りは、目の前でボロボロに崩れ落ちていく親友の姿を前にして、行き場を失い、静かに沈殿していった。



