『怖く……なかったんです。でも、力が抜けちゃって、抵抗、できなくて……自分でも、なんで、あの雰囲気に流されてしまったのか、分から……なく、てっ……』
過呼吸気味に言葉を紡ぐ海緒の肩が、
激しく上下している。
こんなに乱れた彼女の呼吸を見るのは、
あの日以来だった。
過去の傷が、今この瞬間に彼女をまた苦しめている。俺はすぐにその場に膝をつき、彼女が少しでも楽になるよう、抱える腕の位置をずらして体を支えた。
「大丈夫、大丈夫だから。海緒、落ち着いて」
『私、は……っ……待ってくれてる翔、先輩を、裏切ったっ……ごめっ……ごめんなさいっ……』
「裏切ってない。謝る必要なんて、どこにもないんだ。大丈夫だから、な?」
何度も何度も、言い聞かせるように言葉を重ね、
彼女の背中を優しくさすり続ける。
けれど、どれだけ宥めても、どれだけゆっくり呼吸するように促しても、彼女のパニックは収まる気配がない。
むしろ、瞳に溜まった涙が溢れるたびに、彼女の呼吸はさらに浅く、速く、不規則になっていく。
(……まずい、これ以上は……)
真っ白になった彼女の顔を見て、
俺の心臓は今までにないほど激しく警鐘を鳴らした。
今までの「待つ」という選択が、
彼女をここまで追い詰めていたのか?
自分の無力さと、目の前で壊れてしまいそうな愛しい人への焦りで、俺の指先がわずかに震えた。



