俺の腕の中で、海緒が消え入りそうな声で俺の名前を呼んだ。
『……あの、翔先輩……』
「ん?」
なるべく動揺を見せないように聞き返した俺に、彼女は胸を締め付けるような決死の表情で、最悪の事実を告げた。
『私……佐原先輩とキス……してしまいました。ごめんなさい……っ……』
その言葉が、心臓に冷たい杭を打ち込む。
……言わなければ、よかったのに。
そうすれば、俺はいくらでも知らないふりをして、優しい先輩のままでいられた。
彼女の唇に残ったあいつの痕跡を、見なかったことにして、俺たちの関係を守ることもできたはずなのに。
あまりに正直で、あまりに不器用な告白。
複雑な感情が渦巻き、胸の奥がドロドロと焼けつくような感覚に陥った……その時だった。
彼女の大きな瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
俺の服を濡らすその涙を見た瞬間、
渦巻いていたモヤモヤとした嫉妬は、霧が晴れるように消えていった。
残ったのは、ただただ愛おしくて、
今すぐ抱きしめてやりたいという衝動だけだ。
キスの事実よりも、それを俺に隠し通せないほど、彼女が俺を信じ、そして自分を責めている……その事実に、俺の悲しみは呆気なく崩れ去った。
「……泣くな。謝らなくていい」
俺は、彼女をさらに強く腕の中に引き寄せた。
あいつに触れられたことが、どうしようもなく悔しくて。
でも、その報告を涙ながらにしてくれる彼女を、俺はもう、絶対に離したくないと思った。



