あと30日で、他人に戻るふたり

一瞬だけ迷って、それでも言った。

「じゃあ私が出ていきます」

「行くあてあんの?」

「…それは、どこか友達のところとか、なんとかします」

「まあ、別に止めないけど」


どうでもよさそうな口ぶりを見ると、彼は本当になにも考えていなそうだった。
私だけがひとり動揺しているみたいで、滑稽にも思える。

誰が普通で、誰が普通じゃないのか、分からなくなってくる。

でも、私は絶対に間違っていないはず!


「友達に連絡して当たってみますから────」

そう言いながらスマホを取り出すと、

ピンポーーーン、という無機質な電子音が鳴り響いた。


「ひぃっ!」

思ったより大きな声が出て、慌てて口を押さえた。

私の騒ぎっぷりにまったく構うことなく、彼は部屋で光っているモニターをつけた。

「はい」

『あっ、お世話様ですー!穂村さんのご自宅で合ってますかー?』

「えーっと…」

一瞬、彼がちらりと視線を私に向けてくる。

はっと我に返ってコクコクと首を縦に振った。
まだ名乗ってもいないから、私の名前なんて知るわけがないか。

「あー、なんか合ってるみたいです」

『引越しセンターの者です!家具家電一式、お持ちしましたー!鍵、開けてもらえますー?』


もう一度、今度はハッキリと彼が私の方を振り向いた。


「どうする?出ていくんだっけ?家具家電一式の荷物は?友達んとこに転送?」


ゴトッと音を立ててスーツケースを倒してしまった。ついでにスマホも落下。

今日の私は感情のジェットコースター。
飲み込まれて立ち上がれそうにない。


あの大量の荷物を友達の部屋で預かってもらうなんて、到底無理な話。

そうなると、もう選択肢はひとつしかない。


「……とりあえず、部屋に運んでもらってください」


それしか、言えなかった。





••┈┈┈┈••