「え?どこ行くんですか?」
さっき、たしか時計は二十三時を超えていた。
玄関で靴を履く彼の背中は、どこか急いでいる。
「呼び出し」
「仕事ですか?」
「うん」
「ほんとにあるんだ…。大変」
「いつものことだし」
彼はドアの鍵を外して、部屋から一歩踏み出したところでこちらを振り返った。
「…じゃあ」
なんと返せばいいか分からなくて、一瞬迷って、絞り出す。
「……いってらっしゃい」
「行ってきます。……おやすみ」
私は、“おやすみ”が言えなかった。
休まない人に、その言葉を向けていいのか分からなくて。
バタン、とドアか閉まる音がやけに大きく感じる。
足音が遠ざかっていき、すぐにそれも聞こえなくなった。
薄明かりの洗面所の明かりが、さっきまで優しいと思っていたのに。
今はもう、頼りなく光っているだけに思えた。
静かな部屋に、ひとりきり。
私はリビングに戻って、広い室内を見渡す。
たくさんあったダンボールも、もうほとんどない。
整ってきた部屋に残った私にできることは────
……何もしないこと、かもしれない。
それ以上はなにも考えないようにして、寝室へ入る。
静かな部屋に、まだ少しだけ音が残っている気がした。
さっき、たしか時計は二十三時を超えていた。
玄関で靴を履く彼の背中は、どこか急いでいる。
「呼び出し」
「仕事ですか?」
「うん」
「ほんとにあるんだ…。大変」
「いつものことだし」
彼はドアの鍵を外して、部屋から一歩踏み出したところでこちらを振り返った。
「…じゃあ」
なんと返せばいいか分からなくて、一瞬迷って、絞り出す。
「……いってらっしゃい」
「行ってきます。……おやすみ」
私は、“おやすみ”が言えなかった。
休まない人に、その言葉を向けていいのか分からなくて。
バタン、とドアか閉まる音がやけに大きく感じる。
足音が遠ざかっていき、すぐにそれも聞こえなくなった。
薄明かりの洗面所の明かりが、さっきまで優しいと思っていたのに。
今はもう、頼りなく光っているだけに思えた。
静かな部屋に、ひとりきり。
私はリビングに戻って、広い室内を見渡す。
たくさんあったダンボールも、もうほとんどない。
整ってきた部屋に残った私にできることは────
……何もしないこと、かもしれない。
それ以上はなにも考えないようにして、寝室へ入る。
静かな部屋に、まだ少しだけ音が残っている気がした。



