あと30日で、他人に戻るふたり

午後、一本の内線が入った。


『穂村さん、いま、少しいいですか?』

受付からの取り次ぎだった。

『テナントの方が来られていて、少しご相談があると』


時計を見る。

予定は詰まっている。
けれど、こういう“予定外”も仕事のうちだ。

「分かりました。今行きます」

受話器を戻すと、すぐに立ち上がった。



エントランス横の打ち合わせスペースに向かうと、ひとりの男性が座っていた。

年は四十代くらいだろうか。
少し疲れたような表情で、資料を手にしている。


「お待たせしました。穂村です」

声をかけると、男性は顔を上げて軽く会釈した。

「すみません、突然」

「いえ、大丈夫です。どうされましたか?」


差し出されたのは、現在進行中の再開発エリアの資料だった。

「これ、なんですけど……」

ページをめくりながら、ゆっくりと言葉を選ぶように続ける。

「うちの店、この配置だと、人の流れが変わる気がして」


図面を見る。

たしかに、導線は変わる。
メインの通路が少しずれて、現状よりも人の流れは奥へ逃げる設計になっている。


「売上に影響が出るんじゃないかって、不安で」


その言葉は、正しい。

そして、どうしようもなく現実的だ。

「……そうですね」

一度うなずいてから、言葉を選ぶ。


「導線は変わります。ただ、その分、奥のエリアに人が流れる設計にはなっています」


説明としては間違えていないはず。

でも、それだけでは足りない。

物語るように男性は小さくうなずいたものの、表情が晴れないままだった。


……やっぱり。
響かないし、伝わってない。