あと30日で、他人に戻るふたり

「無理だと思ってたのに……」

「そう?」

興味なさそうな返事。

カタカタと、キーボードの音だけが軽く響いている。


冷蔵庫を開けると、見覚えのないペットボトルが増えていた。

「あ、補充されてる…」

「水ないと困るから」

いつ買いに行ったんだろう。まだ寝ぐせついてるのに。
その髪の毛で出かけたのかな。それともネット通販?


「……まだ仕事中なんですか?」

「うん。終わりそうにない」

私にはまったく向かない視線を見ると、お取り込み中なのは間違いない。

その代わり、ちゃんと表情は変わる。
不満げだった。

「Wi-Fi、ちょっと遅いんだよな」

「そうなんですか?」

「気になるから、ルーターの位置、あとで変える」


完全に“住む前提”の発言だ。
でも、不思議と嫌じゃなかった。

ここにいる人は無機質に見えても、作り上げたのは“誰かが暮らしている部屋”だったからだ。



私はバッグを置いて、ふかふかのソファに腰を下ろす。

まだどこか少し落ち着かない。

「……なんか、ちゃんと家っぽくなってますね」

「でしょ?」

会話がある。仕事中でも、無視するわけじゃない。
それだけで、少しだけ空気が緩む。


……クッションがほしい。
このままだと落ち着かない。

思い立って、座ったばかりなのに立ち上がった。


「どこ行くの」

「クッション、買ってきます」

「いらなくない?」

「いりますよ!」

「邪魔になる」

「なりません」

「……まあ、好きにすれば」


私はバッグをつかんで、急ぎ足で外へ出た。




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