あと30日で、他人に戻るふたり

会社を出たあとも、頭のどこかに言葉が残っていた。

────『その顔、いいね』

────『そんな状況、放っておかない』


振り払うように、軽く首を振る。

……私って、単純だな。
ちょっといいなって思ってる人に、自分のことを気にしてもらえているような気がして、浮ついている。

自覚してしまうと、もう八代さんとは目を見て話せないような予感がして。なんとか打ち消す。


最寄り駅で電車を降りて、少しだけ歩く。

見慣れてきたはずの帰り道なのに、まだどこか落ち着かない。


マンションに着いて鍵を取り出し、ドアを開けた。

「……ただいま」

薄暗い玄関で小さくつぶやいてから、はっとする。

あまりに無意識に出た言葉。
誰に言ったんだろう、今の“ただいま”。

返事があるはずもないのに────


「おかえり」

間を置かずに、少し遠くから返ってきた。

帰ってくると思ってなかったので、びくっとして顔を上げる。

リビングに明かりがついている。

ドアを押し開けると、ローテーブルにノートパソコンを開いて、彼がそこにいた。


「あ、そっか、いたんですね。リモートだ…」

「うん、そう」