あと30日で、他人に戻るふたり

オフィスに入った瞬間、空気が変わった。
ついさっきまでの“生活の温度”が、すっと引いていく。


このちょっとだけやかましくて、ちょっとだけ慣れている空気で、私はいつも仕事をしている。
ひとりだけの空間ではなく、会社のみんなと。


パソコンを立ち上げると同時に、通知がいくつも重なった。

社内チャット、メール、スケジュール更新。

息をつく暇もなく、一日が始まる。このたくさんの通知が、合図みたいになっている。


椅子に腰を下ろして画面を開くと、一番上に表示されていたスレッドのタイトルに、目が止まった。


『【至急】仕様追加の可否について』

スクロールする。


〈この機能、今月中に対応できませんか?先方から強めに要望が出ています〉

営業の書き込み。
その下に、すぐさま続く開発からの返信。

〈現行スケジュールでは難しいです。設計見直しが必要になります〉


予想通りの流れに、気が重くなってしまって小さく息を吐いた。

「穂村さん」

呼ばれて顔を上げると、営業の斉藤さんが立っている。

「さっきの件、見た?」

「はい、いま見ました」

「できれば、今月中に入れたいんだよねぇ」