あと30日で、他人に戻るふたり

フリーズしていると、あちらが先にしゃべり出した。

「どこの管理会社?」

同じことを考えていたのだろう、聞かれてしまった。

「えーと、私は会社から紹介されて。うちの会社で借りてる物件なはずで」

「社宅みたいなもん?」

「厳密に言うと違いますけど、似たような感じです」

彼はもうスマホで何かを調べている。
この事態で慌てるのではなく、淡々とこなしていく行動が早すぎて驚く。


「めんどくさいな」

と、文句を言いながら私に背を向けてスマホを耳に当てていた。

私はとりあえずスーツケースを置いて、その様子を見守る。


うちの会社で管理している部屋ではあるけれど、空きが出た場合は他の管理会社もこの物件を紹介することはできる。

もしかしたら、うちの会社で私が入居すると決めたタイミングとまったく同じ時間に彼もこの部屋を押さえたのかもしれない。

誤差が小さければ小さいほど、気づくのも遅れる。
……今まさに、このように。


彼は電話の相手となにか話をしていた。

低くて、落ち着いた声だった。
静かな廊下に、やけに響く。
ちょっと心地良さも覚えるくらいの、いい声。


その声を聞いてぼんやりしていたら、

「ちょっと」

と、呼びかけられた。すぐに現実に引き戻される。

「はい」

「いくらかかった?」

「はい?」

「ここに入居するためにかかった金。敷金礼金とか」

スマホを手で覆っているので、まだ通話中らしい。
私は慌ててすぐに答えた。

「あっ、私は会社負担なんで。私自身は払ってません」

「……なら、まあいいか」

「なにが?」

聞き返したのに、彼はもう電話に戻ってしまった。