あと30日で、他人に戻るふたり

なんで分かるの?と顔を上げたら、「やっぱりね」と八代さんは笑っていた。

「なんかそんな気がした。どんな男?大丈夫なの?心配だよ。襲われたりしてない?」


彼のこの矢継ぎ早の質問が、なにを意味するのか。

私に興味があるのか、本当に気にしているのか、ちゃんと心配してくれているのか、分からない。

かっこいい上にみんなにこんな感じだから、“人たらし”と言われるのも無理はない。


「どんな人か…そうですね」

藍沢大地のことを、思い出す。

「……よく分からない人、です。悪い人じゃないとは思うんですけど」


いってらっしゃい、と普通に言うあの人は、今まで出会ったことのないタイプだ。
一言では表せないような、なにかがある。

でもそれは、私の中でちゃんとした言葉にはならない。


まだ表現に悩んでいる私を、八代さんが目を細めて見ている。

「昨日会ったばかりなんで…」

知らないことばかり、と言いたかったのに「気をつけなよ」という言葉で遮られた。


「俺の経験上さ、そういう“よく分からない男”が一番厄介なんだよ。気づいたら入り込んでくるから」

「────はい」


どんな顔で返事をすればいいか分からず、曖昧に笑った。


話すだけ話して行ってしまった八代さんの背中を見送ったあと、私はゆっくりと視線を落とした。

パソコンの画面はもう立ち上がっていて、いつもと同じ業務画面が表示されている。


いつもと同じ朝。
いつもと同じはずなのに。

────今朝のことが、頭から離れない。


「行ってきます」とか「いってらっしゃい」とか。

ただそれだけの言葉なのに、どうしてか、引っかかっている。

理由なんて、分からない。


分からないまま、私はキーボードに手を置いた。



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