あと30日で、他人に戻るふたり

エレベーターが一階に着き、歩き出す。
その中でふと、彼が思い出したようにスピードを緩めた。

「…結婚してるってなると、俺たちの呼び方っておかしいのか?」

「え?」

「“穂村さん”は変か?…“美月”?」

前触れのない名前呼びに、心臓が変な音を立てる。

「い、いや!でも!まだ私たち会ったばっかなのに!」

「めんどくさいんだもん、噂とかされんの」

「だからって!」

「まあ、どうにかなるよ。外と家で呼び分けしてもいいし」


この人の適当さ、なんとかならないのか?
呼び分けってなんなの?初めて聞いたけど。

ぶつくさ心の中で悪口を言っていると、不意に聞こえた。

「じゃ、いってらっしゃい」


マンションを出たところで、彼にそうはっきりと言われた。

「俺、こっちだから。そっちは駅でしょ」

「……はい」

「じゃあね。夜、ソファ届くと思うから。先に帰ってたら対応してほしい」

「分かりました」


余韻が消えないのに、彼はさっさと行こうとする。
私は慌てて「あの!」と呼び止めた。

振り返る彼の顔は、不思議そうなものだった。

「…いってらっしゃい」

「うん。またね」

彼は軽快な足取りで行ってしまった。


なんだか、朝だけで心が追いついていかない。

同居ってこんなに大変で、こんなに疲れて、そして妙に胸がざわつくものなの?


私だけがその場に取り残されているみたいで、駅までの向かう中、やけに落ち着かなかった。




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