あと30日で、他人に戻るふたり

「新婚さんかしら?よろしくねぇ。お隣さんいっつもすぐ引っ越しちゃうから寂しくて。仲良くしてくださいね!」

女性はそう言って嬉しそうに笑うのだが、私はすぐさま反論しかける。

「いや!あの、私たちは」

「はい、どうぞよろしくお願いしますー」

先に遮ったのは、彼の方だった。
驚いて見上げるけれど、彼はこちらを見ない。

「えっ、ちょっ…」

「ではまた」

ぐいっと横から腕を引っ張られる。
思ったより強くて、一気に距離が縮まる。ついていくのに必死だ。



なにも言えないまま、女性が使ったままと思われるエレベーターに乗り込んだ。

『1』と『閉』を押した彼が、ふたりきりになったエレベーターの中で壁に背中をつけた。
呆れたような目で私を見下ろす。


「なんて言うつもりだったの?」

「私たちいつ結婚したんですか!」

「“同居してる”なんて言ってみ?あの手の女性はマンション中に言いふらすぞ」

「……マンション中に…」

ありえる。想像できてしまう。

言い返せない私に、彼はパネルに表示されている階数を眺めながら

「どうせ一ヶ月だけだし。気にすることないよ」

と、他人事のように言った。

「まあ、そう…なんですけど」

突然差し込まれた『結婚』というパワーワードに、私ひとりがついていけてない。