あと30日で、他人に戻るふたり

「穂村、さっきの件どうなった?」


声をかけられて振り返ると、八代さんが微笑んで立っていた。

今日も彼はシワひとつないワイシャツを着て、すらりとしたシルエットで目を引く。

「あ、開発には投げたので返事待ちになります」

「オッケー、ありがと」


それだけ確認すると、すぐに「そういえばさ、」と思い出したように話題が変わる。

「この前の小金井のやつ、 途中から俺も入ったんだけど」

そう軽く言いながら、私のデスクに手をつく。

「だいたい形になりそうなんだよね」

「え!もうあれ決まったんですか!?」

思わず声が大きくなる。


この間は齋藤さんが対応していて、まだまだ詰めきれてない部分もあったはずなのに。
もうしばらくかかる案件だと思っていた。

私が驚いていると、彼はふっと鼻で笑ってはっきりとした口調でうなずく。

「うん。ちょっと整理して、開発側の懸念も潰せたし。先方にも説明通った」

まるで、最初から見えていた答えをなぞっただけみたいに。


「すごいですね……」

本当に自然と、そう思った。

迷いがなくて、判断が早くて。
こういう人が、仕事を進めるんだろうなと感じる。

「まあ、ね」

彼は少しだけ笑って、なんてことないように肩をすくめた。

「こういうのは、止めたままにしない方がいいからさ」

その言葉になにか胸に引っかかるものがあったけれど、今はそこじゃない。


「……あの、開発側の懸念っていうのは?」

気づいたら、もうひとつ気になる部分を口に出していた。

八代さんは一瞬だけこちらを見て、

「あぁ、そこ?通るようにしといた」

と、あっさり言う。

その軽さが、本当に“すごい”のか、“こなしているだけ”なのか。読めない。

でも、あのとき竹中さんが見せてくれた顔を思い出す。

簡単じゃなかったはずの部分。
しっかり考えて、事情も分かった上で提案してくれていたのに。

それでも、通したという八代さんが正しいのか。それとも、そうじゃないのか。