あと30日で、他人に戻るふたり

自分の身分を隠さずに言うべきか、一瞬迷ってしまった。
ここで明かして、なにかに悪用されたらどうしよう、とか。私の情報をどこかへ漏らされたら怖い。

ただ、彼が言っていることが本当かどうかも分からない。


「…あの、身分証とか見せてもらえます?」

「警戒してるわけね」


私の申し出で、さすがに彼も思惑を悟ったらしい。


ローテーブルに三枚のカードを出してきた。
免許証、名刺、会社の入館証だった。

ここまで全部さらけ出されると、逆に清々しい。


「あいざわだいち…」

初めて知った、彼の名前。


ちょっと犯罪者気味な顔写真付きの免許証をはじめ、すべてに印字されていた、

“藍沢 大地”。


これが、この人の名前。


「藍沢さん、ですね」

「信じた?」

「……はい」


さすがに、ここまでされたらなにも言えない。
私より三歳上だった。


丁寧に三枚重ねて、そっと返した。

相手に出されたのだから、私も名刺を出した。


アーク都市開発株式会社
開発推進部
穂村美月(ほむら みづき)


彼は名刺を手に取り表も裏もざっと目を通すと、ここで初めて興味を示したように顔を上げた。


「開発なの?ちょっと意外」

「どういう意味ですか?」

「現場出るタイプには見えなかったから」


…なんだ、その偏見は。

私は不満をちゃんと彼に見せつつも、目を伏せる。

「この部屋、ずーっと短期で契約切れるんです。長期予定で入っても、すぐ退去してしまって。いわゆる…、その、なんというか…」

「いわくつき?」

口ごもっていると、先に彼に言われてしまった。

「事故物件とかではないんです」

「ほんとに?」

「履歴を見てもなにもないんですよ」

そう言いながらも、不安になってくる。

絶対に違うと言うのもおかしい。
中で起きていることなんて、外からは見えないのだから。