あと30日で、他人に戻るふたり

この街は喧騒に溢れている。


いつも私はその中で流されて、揺らされて、そして迷わされていた。

今も、そう。

これから住む場所さえも、私は選ばされている。


十五階建てのマンションを見上げ、小綺麗な窓ガラスが綺麗に規則的に並ぶ外観に目を細めた。


『なんかこの部屋だけ、いっつも人がすぐ出ていくんだよね。事故物件とかじゃないんだけどさ』


上司である課長の声が頭をよぎる。

ぽりぽりと頬をかいたあと、だいぶ髪の毛が寂しくなった頭を撫でながら笑う、うさんくさい見慣れた顔。

課長はいっつも面倒ごとを私に押し付けてくる。


『穂村さん、たしか引っ越したいって言ってたよね?ちょうどいいから、その部屋に住んでみてくれない?調査も兼ねてさ』

えっ、普通に嫌です。と、言いたかったのに、言えなかった私にも責任はある。

一瞬言い淀んでしまった私に、課長はたたみかけるように

『目的は“調査”だから、家賃は会社負担だよ。全額。引っ越し費用も、ぜーんぶ!どう?』


…これ、なんの交渉?

って思っているうちに、返事もしてないのに引っ越しが決まってしまったのだった。


そりゃあ、家賃も引っ越し費用も全部負担してくれるのはありがたい。
でも、会社からすればいわゆる“いわくつき”の部屋を私に丸投げしてきたようなものだ。


『よし!じゃあよろしくね、穂村さん!あとは総務に言っとくから』


そんな課長とのやり取りがあってから、二週間。


あれよあれよと引っ越し作業に追われながら日々を過ごし、ついに今日を迎えてしまったのだった。