再召喚され全てを失った元聖女は、麗しの騎士団長様の溺愛で絶望から立ち上がる。

 それは、眩しいくらいの明るい朝だった。

 職を転々としていた私が新しい居場所に選んだのは、大手企業の事務の仕事。と言っても派遣で採用されただったけれど、それでも学歴の無い私にとっては社会に必要とされている気がして嬉しかった。

 その初出社の日の朝だった。

 まだ慣れないスーツを着て、しっかりめにメイクをして、新調したばかりのヒールのあるパンプスを履いて。緊張しながら玄関の扉を開いた。

 これから頑張ろう。頑張って早く認めてもらおう。一人で生きていけるように。そう、思っていたのに。

 扉の隙間から差し込む強い光に照らされて思わず目を瞑った私。次に目を開けた時には、見慣れた家の外の景色ではなく。


 ――どこか見覚えのある、煌びやかなホールのような場所にいた。


「……え……?」


 肩にかけた鞄の持ち手をぎゅっと掴み、辺りを見回す。


 これは、一体なに……?


 赤と金と、白。その三色で彩られた床と壁。天井には隅々まで絵が広がっていて、目視では全てを確認できない。後ろには重厚そうな両開きの大きな扉。そして目の前には、真っ赤な絨毯が敷かれた階段。その向こうには金で縁取られた玉座のような椅子が二つ。そこに、王冠を頭に乗せた初老の男性の姿があった。


「う、そ……」


 目の前の光景が信じられなくて、足が震えてくる。

 どうして、なんで。私、今の今まで家にいたはずなのに。どうしてこんなところに。

 だけど、この光景を私は見たことがある。この場所を、私は知っている。



 ――だって私は、ここに来るのが初めてではない。一度同じことを経験しているのだから。



 はっきりとはわからないけれど、期間で言うと十年ほど前になるだろうか。

 私、五十嵐 世羅(イガラシ セラ)は、ドラムトンと呼ばれるこの王国に聖女として召喚されたことがあった。

 あの頃はまだ、十四歳の中学生だった。確かあの時も家の玄関の扉を開けたら、この世界にいた気がする。

 漫画みたいだと思った。映画の撮影か、ドラマの撮影なのかと思った。何かの間違いで撮影現場に迷い込んでしまったのかと本気で思っていた。

 だけど、そこで出会った人々に言われたのだ。

"……光の聖女よ、どうかその力でこの国を救っていただけないだろうか"と。

 もちろん、何を言っているのか理解できなかった。ここは魔法の世界だとも言われた。その魔法で、私を召喚したのだとも。

 だけど、そんなの信じられるわけがない。はいそうですかと頷けるわけもない。子どもをからかって何が楽しんだと。本気でそう思って怒りすら湧いた。

 悪い夢なら早く覚めてくれ。そう思ったけれど、頬をつねっても痛い。帰りたくても帰り道がわからない。その場を飛び出して走ってみても、そのどれもが日本とは違う景色すぎて。

 糸のようなものが伸びてきて捕らえられてしまえば、これが現実だと認める他なく。しばらく放心状態だった。

 今、目の前であの時と同じことが起こっている。あの日もここに召喚された。一つ違うのは、この国の人々の言葉が全くわからなくなっているということだ。十年前は何故か何もしなくても最初から理解できていた言葉。それが今は、何もわからない。

 目の前の玉座に座る男性が、何かを喋っている。私に手を伸ばし、こちらに来いとでも言っている様子。

 だけどやっぱり何を言っているのか、何語を喋っているのかも全くわからない。

 私の記憶が正しければ、この人はドラムトン王国の王様だ。十年が経ったとは思えないほどにあの頃と何も変わっていない。


「そんな……嘘でしょ……?」


"聖女セーラよ、そなたには感謝している"


 十年前、日本に帰る直前の王様の声が聞こえたような気がして、心臓がドクドクと早まる。


「嘘よ。嘘って言ってよ。嫌だよ。やめてよ」


 まさか、そんなわけない。そう信じたいのに、目の前の光景がこれは現実だと突きつけてくる。


「いやっ……いやああああああっ!」


 私は、再びこの異世界に召喚されてしまっていた。