男爵令嬢が辺境伯の女主人に!?

???「……こんな時間に剣の音がすると思えば」
???「姉様じゃないですか」
ベアトリス「スカイル!」
振り向くと、そこには見慣れた姿。
寝間着のまま、腕を組んで立つ少年――
スカイル「何か嫌な事でも?」
落ち着いた声。
年下とは思えないほど冷静な視線。
ベアトリス「……別に」
反射的にそっぽを向く。
スカイル「嘘ですね」
即バレ。
ベアトリス「うるさいわね」
剣を肩に担ぐ。
ベアトリス「ちょっと眠れなかっただけよ」
スカイルはゆっくりと歩み寄る。
スカイル「“辺境伯様の件”ですよね」
ピタッと動きが止まる。
ベアトリス「……」
図星。
ベアトリス「……何よ、もう広まってるの?」
スカイル「屋敷中がその話で持ちきりです」
スカイル「姉様が一番知らないくらいですよ」
ベアトリス「……最悪」
小さく呟く。
スカイル「嫌なんですか?」
静かな問い。
ベアトリス「当たり前でしょ」
即答だった。
ベアトリス「知らない人と結婚させられて」
ベアトリス「いきなり辺境に行けって言われて」
ベアトリス「しかも相手は辺境伯よ?」
苛立ちが滲む。
ベアトリス「無理に決まってるじゃない……」
スカイルは黙って聞いている。
ベアトリス「私……」
少しだけ声が弱くなる。
ベアトリス「怖いのよ」
夜の静けさに、その言葉が溶ける。
ベアトリス「ちゃんとできるか分からないし……」
ベアトリス「失敗したらどうしようって……」
握る剣がわずかに震える。
ベアトリス「それに……」
一瞬、言葉を止める。
ベアトリス「……自由じゃなくなるのが嫌」
本音。
スカイル「……なるほど」
短く頷く。
スカイル「じゃあ、逃げればいいのでは?」
ベアトリス「は?」
予想外すぎる一言。
ベアトリス「何言ってるのよ」
スカイル「物理的に、です」
真顔。
ベアトリス「無理に決まってるでしょ!相手は辺境伯よ!?」
スカイル「ですよね」
あっさり引く。
ベアトリス「……はぁ」
ため息。
スカイル「でも姉様」
少しだけ表情が柔らかくなる。
スカイル「姉様は、弱くないですよ」
ベアトリス「……」
スカイル「さっきの剣、見てましたけど」
スカイル「正直、僕より強いですし」
ベアトリス「当たり前でしょ」
少しだけいつもの調子に戻る。
スカイル「その強さがあるなら」
スカイル「どこに行っても、どうにでもなりますよ」
まっすぐな言葉。
ベアトリス「……」
少しだけ、胸の重さが軽くなる。
ベアトリス「……それにね」
ベアトリスはふっと笑う。
ベアトリス「嫌われて離縁する予定だから」
スカイル「……」
一瞬の沈黙。
スカイル「それ、無理だと思います」
即答。
ベアトリス「はぁ!?」
スカイル「だってその辺境伯様」
スカイル「姉様に一目惚れしたんですよね?」
ベアトリス「そうらしいけど……」
スカイル「じゃあ無理です」
断言。
ベアトリス「なんでよ!!」
スカイル「一目惚れするタイプって、そう簡単に諦めませんよ」
妙に説得力がある。
ベアトリス「……っ」
言い返せない。
スカイル「まあ」
くるりと背を向ける。
スカイル「どうなるか、楽しみにしてます」
ベアトリス「ちょっと!」
スカイル「おやすみなさい、姉様」
ひらひらと手を振って去っていく。
ベアトリス「……」
一人残される。
ベアトリス「……無理じゃないし」
ぽつり。
ベアトリス「絶対に嫌われてやるんだから……」
そう呟きながらも――
ベアトリス「……どうにでもなる、か」
少しだけ、前を向いた。
夜の風が、優しく吹いた。