王城――謁見の間。
重厚な扉の向こうで、報告はすでに終わっていた。
フラン「――以上が、シュクラリー辺境の現状報告となります」
陛下「ご苦労だった、フラッペン。相変わらず見事な統治だな」
フラン「ありがたきお言葉」
形式的なやり取りが終わり、場の空気がわずかに緩む。
だが――
フランの頭の中は、すでに別のことでいっぱいだった。
フラン「陛下、一つよろしいでしょうか」
陛下「うむ、なんだ?」
一歩前に出るフラン。
その瞳には、戦場でも見せることのない、妙な熱が宿っていた。
フラン「先程、王都の城下町で見かけたのですが――」
フラン「黒に近い艶のある髪に、凛とした瞳。華奢ながらも姿勢が良く、どこか気品のある……とても美しい女性がいまして」
謁見の間が、一瞬静まり返る。
フラン「どちらのご令嬢か、ご存知ないでしょうか」
陛下はわずかに目を細め、隣に控える側近へと視線を向けた。
陛下「今の特徴に一致する者はいるか?」
側近「少々お待ちください」
側近は素早く資料を取り出し、ページをめくる。
王都の有力貴族の情報がまとめられた記録だ。
側近「……該当する人物が一名おります」
陛下「申せ」
側近「ラズベリー男爵家の令嬢――」
側近「ベアトリス・ラズベリー様ではないかと思われます」
その名が告げられた瞬間――
フラン「……!」
フランの表情が、一気に輝いた。
フラン「ベアトリス……」
フラン「ベアトリスと言うんですね!」
思わず一歩踏み出す。
その様子に、側近は内心で頭を抱えた。
側近(完全に落ちたな……)
フラン「いい名前だ……」
フラン「彼女にぴったりだ」
うっとりと呟くフラン。
もはや隠す気すらない。
陛下「……フラッペン」
フラン「はい、陛下」
陛下「まさかとは思うが」
一拍の間。
陛下「その娘に、何かする気ではあるまいな?」
しかしフランは、迷いなく答えた。
フラン「はい」
陛下「即答か」
そして――
フラン「求婚いたします」
謁見の間が、再び静まり返る。
側近「(早すぎる……)」
陛下はしばらく沈黙した後、ふっと息を吐いた。
陛下「……相変わらずだな、お前は」
フラン「本気です」
陛下「分かっている」
王はゆっくりと頷く。
陛下「良いだろう。ただし――」
陛下「相手は男爵令嬢だ。強引すぎる真似はするな」
フランは一瞬だけ考え――
にっこりと笑った。
フラン「はい、誠実に口説きます」
側近「(絶対やばい)」
こうして――
一人の男の“恋”は、正式に動き出した。
その頃、当の本人は――
ベアトリス「……なんだか嫌な予感がするわね」
侍女「どうされました?」
ベアトリス「いえ、何でもないわ」
夕暮れ。
ラズベリー男爵家の屋敷に、ベアトリスは帰ってきた。
ベアトリス「ただいま戻りました」
いつも通りのはず――だった。
しかし次の瞬間。
父「ベアトリス!!」
母「あなた、無事なの!?」
血相を変えた両親が、勢いよく駆け寄ってきた。
ベアトリス「……は?」
あまりの様子に、思わず素の声が漏れる。
ベアトリス「どうしたのよ、そんな顔して」
母「と、とにかくこちらへ来なさい!」
父「すぐにだ!」
半ば引きずられるようにして、ベアトリスは居間へと連れて行かれた。
ベアトリス「ちょっと、説明して――」
父「お前が……」
父は震える手で、一通の封書を握りしめていた。
父「お前が、どうしたらこんな男爵家に……!」
意味が分からない。
ベアトリス「何の話よ」
母「まさか……本当に……」
母もまた、信じられないものを見るような目でベアトリスを見ている。
ベアトリス「だから何なのよ」
焦れたように言うと、父はゆっくりと口を開いた。
父「これは……シュクラリー辺境伯家からの書状だ」
――辺境伯?
ベアトリス「……それが?」
まだ分かっていない。
だが、両親の反応は明らかに異常だった。
母「“それが”ではありません……!」
母「辺境伯様からの正式な……」
一瞬の間。
母「求婚状なのです」
沈黙。
ベアトリス「…………は?」
理解が、追いつかない。
ベアトリス「求婚……?」
父「ああ……」
父はゆっくりと頷く。
父「お前に、だ」
再び沈黙。
ベアトリス「……はぁ?」
今度は、はっきりとした拒絶の声だった。
ベアトリス「何言ってるのよ。意味が分からないわ」
ベアトリス「辺境伯様って、あの国境守ってる偉い人でしょ?」
母「ええ……その通りです」
ベアトリス「なんでそんな人が、私に?」
当然の疑問。
だが――
父「それが分からんのだ!!」
父が思わず声を荒げた。
父「今日、王都にいたのだろう!?」
ベアトリス「いたけど……買い物よ?」
父「そこで何をした!?」
ベアトリス「何もしてないわよ!」
本当に、何もしていない。
ただ歩いて、店を見ていただけ。
母「……一目惚れ、だそうです」
ぽつり、と母が言った。
ベアトリス「…………」
思考停止。
ベアトリス「……は?」
本日三度目の「は?」である。
ベアトリス「いや意味分からないわよ!!」
ベアトリス「顔も知らない相手に!?」
母「見かけたそうです……城下町で……」
――ふと、頭の片隅に引っかかる。
ベアトリス「……馬車」
豪奢な馬車が通り過ぎた記憶。
一瞬だけ、視線を感じたような――
ベアトリス「……まさか」
嫌な予感が、確信に変わる。
父「相手はシュクラリー辺境伯家だ」
父「断れる相手ではない……」
重い現実が、静かにのしかかる。
ベアトリス「……断るわよ」
即答だった。
父「ベアトリス!」
母「無理です!」
両親の声が重なる。
母「これは“お願い”ではありません……」
母「実質、命令に近いものです」
つまり――
逃げられない。
ベアトリス「……」
拳をぎゅっと握る。
ベアトリス「……絶対に嫌」
小さく、だがはっきりと呟いた。
ベアトリス「そんな勝手な理由で結婚なんて……」
そして顔を上げる。
その瞳には、強い反発心が宿っていた。
ベアトリス「……なら、嫌われてやるわ」
その一言に、両親は固まる。
ベアトリス「向こうから破談にさせればいいだけでしょ?」
男爵令嬢の、小さな反逆。
だが――
それがどれほど無謀か、彼女はまだ知らない。
重厚な扉の向こうで、報告はすでに終わっていた。
フラン「――以上が、シュクラリー辺境の現状報告となります」
陛下「ご苦労だった、フラッペン。相変わらず見事な統治だな」
フラン「ありがたきお言葉」
形式的なやり取りが終わり、場の空気がわずかに緩む。
だが――
フランの頭の中は、すでに別のことでいっぱいだった。
フラン「陛下、一つよろしいでしょうか」
陛下「うむ、なんだ?」
一歩前に出るフラン。
その瞳には、戦場でも見せることのない、妙な熱が宿っていた。
フラン「先程、王都の城下町で見かけたのですが――」
フラン「黒に近い艶のある髪に、凛とした瞳。華奢ながらも姿勢が良く、どこか気品のある……とても美しい女性がいまして」
謁見の間が、一瞬静まり返る。
フラン「どちらのご令嬢か、ご存知ないでしょうか」
陛下はわずかに目を細め、隣に控える側近へと視線を向けた。
陛下「今の特徴に一致する者はいるか?」
側近「少々お待ちください」
側近は素早く資料を取り出し、ページをめくる。
王都の有力貴族の情報がまとめられた記録だ。
側近「……該当する人物が一名おります」
陛下「申せ」
側近「ラズベリー男爵家の令嬢――」
側近「ベアトリス・ラズベリー様ではないかと思われます」
その名が告げられた瞬間――
フラン「……!」
フランの表情が、一気に輝いた。
フラン「ベアトリス……」
フラン「ベアトリスと言うんですね!」
思わず一歩踏み出す。
その様子に、側近は内心で頭を抱えた。
側近(完全に落ちたな……)
フラン「いい名前だ……」
フラン「彼女にぴったりだ」
うっとりと呟くフラン。
もはや隠す気すらない。
陛下「……フラッペン」
フラン「はい、陛下」
陛下「まさかとは思うが」
一拍の間。
陛下「その娘に、何かする気ではあるまいな?」
しかしフランは、迷いなく答えた。
フラン「はい」
陛下「即答か」
そして――
フラン「求婚いたします」
謁見の間が、再び静まり返る。
側近「(早すぎる……)」
陛下はしばらく沈黙した後、ふっと息を吐いた。
陛下「……相変わらずだな、お前は」
フラン「本気です」
陛下「分かっている」
王はゆっくりと頷く。
陛下「良いだろう。ただし――」
陛下「相手は男爵令嬢だ。強引すぎる真似はするな」
フランは一瞬だけ考え――
にっこりと笑った。
フラン「はい、誠実に口説きます」
側近「(絶対やばい)」
こうして――
一人の男の“恋”は、正式に動き出した。
その頃、当の本人は――
ベアトリス「……なんだか嫌な予感がするわね」
侍女「どうされました?」
ベアトリス「いえ、何でもないわ」
夕暮れ。
ラズベリー男爵家の屋敷に、ベアトリスは帰ってきた。
ベアトリス「ただいま戻りました」
いつも通りのはず――だった。
しかし次の瞬間。
父「ベアトリス!!」
母「あなた、無事なの!?」
血相を変えた両親が、勢いよく駆け寄ってきた。
ベアトリス「……は?」
あまりの様子に、思わず素の声が漏れる。
ベアトリス「どうしたのよ、そんな顔して」
母「と、とにかくこちらへ来なさい!」
父「すぐにだ!」
半ば引きずられるようにして、ベアトリスは居間へと連れて行かれた。
ベアトリス「ちょっと、説明して――」
父「お前が……」
父は震える手で、一通の封書を握りしめていた。
父「お前が、どうしたらこんな男爵家に……!」
意味が分からない。
ベアトリス「何の話よ」
母「まさか……本当に……」
母もまた、信じられないものを見るような目でベアトリスを見ている。
ベアトリス「だから何なのよ」
焦れたように言うと、父はゆっくりと口を開いた。
父「これは……シュクラリー辺境伯家からの書状だ」
――辺境伯?
ベアトリス「……それが?」
まだ分かっていない。
だが、両親の反応は明らかに異常だった。
母「“それが”ではありません……!」
母「辺境伯様からの正式な……」
一瞬の間。
母「求婚状なのです」
沈黙。
ベアトリス「…………は?」
理解が、追いつかない。
ベアトリス「求婚……?」
父「ああ……」
父はゆっくりと頷く。
父「お前に、だ」
再び沈黙。
ベアトリス「……はぁ?」
今度は、はっきりとした拒絶の声だった。
ベアトリス「何言ってるのよ。意味が分からないわ」
ベアトリス「辺境伯様って、あの国境守ってる偉い人でしょ?」
母「ええ……その通りです」
ベアトリス「なんでそんな人が、私に?」
当然の疑問。
だが――
父「それが分からんのだ!!」
父が思わず声を荒げた。
父「今日、王都にいたのだろう!?」
ベアトリス「いたけど……買い物よ?」
父「そこで何をした!?」
ベアトリス「何もしてないわよ!」
本当に、何もしていない。
ただ歩いて、店を見ていただけ。
母「……一目惚れ、だそうです」
ぽつり、と母が言った。
ベアトリス「…………」
思考停止。
ベアトリス「……は?」
本日三度目の「は?」である。
ベアトリス「いや意味分からないわよ!!」
ベアトリス「顔も知らない相手に!?」
母「見かけたそうです……城下町で……」
――ふと、頭の片隅に引っかかる。
ベアトリス「……馬車」
豪奢な馬車が通り過ぎた記憶。
一瞬だけ、視線を感じたような――
ベアトリス「……まさか」
嫌な予感が、確信に変わる。
父「相手はシュクラリー辺境伯家だ」
父「断れる相手ではない……」
重い現実が、静かにのしかかる。
ベアトリス「……断るわよ」
即答だった。
父「ベアトリス!」
母「無理です!」
両親の声が重なる。
母「これは“お願い”ではありません……」
母「実質、命令に近いものです」
つまり――
逃げられない。
ベアトリス「……」
拳をぎゅっと握る。
ベアトリス「……絶対に嫌」
小さく、だがはっきりと呟いた。
ベアトリス「そんな勝手な理由で結婚なんて……」
そして顔を上げる。
その瞳には、強い反発心が宿っていた。
ベアトリス「……なら、嫌われてやるわ」
その一言に、両親は固まる。
ベアトリス「向こうから破談にさせればいいだけでしょ?」
男爵令嬢の、小さな反逆。
だが――
それがどれほど無謀か、彼女はまだ知らない。


