追われる能天気姫と不愛想な騎士の巻き込まれ逃避行 〜偽りの王女は、初恋の騎士も王位も捨てて自由になりたい〜

「……」

すっかりお腹が減った私は
床に寝そべっていた。

壁の時計を見上げると、
針は非情にも9時を過ぎている。

「本当に今朝は食事を抜かれてしまうのね……。
こんなことなら、クローゼットに隠していた
クッキーを残しておけば良かったわ」

就寝前の夜食として完食してしまった
自分を恨みつつ、
封印魔法が施された扉を忌々しく見つめた。

「扉がダメなら窓から逃げるしかないわね……」

しかし、ここは3階。
いくら私でも窓から落ちたら
ただでは済まないだろう。

「何よ、お父様ったら。
あんなにわからずやだとは思わなかったわ。
今までは私の願いならどんなことでも
聞いてくれたのに……」

こうなったら、最後の手段。
もはや家出をするしかない。

「そうよ、私がいなくなればララお姉様は
アレス様と結婚できる……かもしれないし」

自分で言っておきながら、
胸の奥に悲しい気持ちが込み上げてくる。

壁に視線を移すと、そこには額縁に飾られた
パンジーのしおり。

アレス様からプレゼントされた
その辺の花で作った押し花。
それでも私にとっては、
どんな宝石よりも大切な宝物だ。

「アレス様……」

ポツリと口にし、
ガバッと床から身を起こす。

「……ううん、だめよサラ!
お姉さまとアレス様は愛し合ってる。
ここは私が家出をして、
婚約の話は無かったことにするのよ!」

そうと決まれば、まずは書き置きだ!

ライティングデスクに向かうと、
引き出しからレターセットを取り出した。

「え~と……私、サラ・バルディアは……。
う~ん、なんて書こうかしら。
手紙って書くの難しいわね……」

四苦八苦しながらも、
なんとか書き置きをしたためた――


「……出来たわ!」

書き置きを両手に掲げ、満足げに頷く。

「フフフ……これで完璧ね。
よし、次は旅の準備よ!」

早速クローゼットへ向かうと、
ドレスの奥に隠された衣裳ケースを
引っ張り出した。

中には、時々お忍びで町に繰り出す時の
変装用の服が入っている。

窮屈なドレスを脱ぎ捨て、旅装束に着替えてみた。

フード付きのマントに
くるぶしより少し上の丈のスカート。

肩からは大きめのショルダーバッグを掛け、
足元は丈夫な編み上げのブーツ。

「フフフフ……完璧ね」

鏡に映る自分の姿を見るだけで、
失恋の痛みは遠のき、
空腹とワクワク感が込み上げてくる。

「書置きも残したことだし、今すぐ出発よ!
このままだと本当に飢え死にしちゃうわ!」

あとは、どうやってこの部屋から脱出しよう。
シーツを結んでロープを作るのも面倒だし……。

「あ! そうだ!」

その時私の脳裏に素晴らしい
アイデアが浮かんだ。

再びクローゼットへ戻ると
奥にしまい込んであった日傘を取り出した。

「フフフ……この日傘に私の錬金術の
魔力を注ぎ込めばいいわね」

ギュッと日傘を握りしめ、
心を込めて強く念じる。

すると――

カッ!

一瞬日傘が眩しい光に包まれる。

「……よし! これでいいわね!」

意気揚々と窓辺に向かい、
バルコニーへ出た。

眼前に広がるのは
朝陽に照らされた美しい庭園。

「……風向きよし、人の気配なし。
よし、行くわよ!」

私は日傘を高く掲げ、
空に向かって命じた。

「風よ! 私を地上へ導いてちょうだい!」

すると日傘がフワリと宙に浮き、
私の身体を優しく地上へといざなっていく……
はずだったのだが。

「きゃっ!? ちょ、ちょっと待って! 
右! 右に曲がってってば!
そうじゃない! もっと左よ―! キャアッ!」

バサバサと木に突っ込みながらも
何とか地面に着地出来た。

「やったわ! 初めてなのに成功したわ!」

手早く日傘を閉じ、髪やマントにくっついた
葉っぱを手早く払い落とす。

そして休む間もなく、城の門を目指して駆け出した。

一刻も早く城を抜け出して、食事をしに行くのだから――!
ついでに、家出も。

完璧な脱出劇だと思っていた。
少なくとも、その時は。

――しかし。

私はまだ何も
気づいていなかったのだ。

城から私が逃げ出す姿を
じっと見つめる人影があることに――