同日、14時――
私は廊下をスキップしながら、
アレス様の元へ向かっていた。
この時間は午後の訓練の休憩中。
きっと騎士たちの詰め所で
汗を拭っているはずだ。
(待ってて、アレス様!
あなたの愛しい婚約者が今、
参りますからね!)
****
「あ、あの……アレス様は
いらっしゃいますか?」
詰め所の入り口から、
私はそっと顔を覗かせた。
すると、すぐ傍でナッツを
ポリポリと食べていた若い騎士が
顔を上げた。
ダークブロンドの髪に、
吸い込まれそうな紺碧の瞳。
顔はいい。
無駄にいいけれど、
その目は完全に据わっていた。
「はぁ? 誰ですって?」
……ガラが悪い。
王女である私の前で、
平気でナッツを咀嚼し続けるなんて
信じられない。
(……絶対モテないわね、この人。
顔はいいのに目がイッテるもの)
「ですから、アレス様です!
アレス・ベルトラン様は
いらっしゃいますか?」
食ってかかる私に、彼は面倒くさそうに
鼻を鳴らした。
その時、奥から顔見知りの騎士が
血相を変えて飛んできた。
「サ、サラ姫様! 申し訳ございません!
彼はキースと言って、2週間前に配属されたばかりで……
まだ不慣れなのです。おいキース、失礼だぞ!
サラ姫様に謝るんだ!」
「……チッ。はいはい、
どうも申し訳ございませんでした」
キースと呼ばれた男は、小さく舌打ちして
視線を逸らした。
な、なんて無礼な奴!
けれど今の私は、
この不敬な男などに構っている暇はない。
「アレスなら、王宮の庭園へ行くと
話していましたよ」
「庭園ね! ?
教えてくれてありがとうございます!」
私はキースを睨みつけるのも忘れ、
翼が生えたような足取りで庭園へと急いだ。
****
美しい花々が咲き乱れる、王宮の庭園――
「アレス様、どこかしら……?」
キョロキョロと見渡していると、
風に乗って聞き慣れた声が届いた。
「……お待たせして申し訳ございません」
ドクン、と心臓が跳ねる。
アレス様の声だ。
でも、誰に謝っているの?
私は植え込みに身を隠し、
そっと隙間から覗き込んだ。
そこには、水色のドレスを風になびかせる
女性の後ろ姿があった。
ストロベリーブロンドの長い髪。
4歳年上の、ララお姉様だ。
「どうして2人が……?」
驚きで固まる私の前で、
アレス様が信じられない行動に出た。
彼はマントの下から、
燃えるような真紅のバラの花束を取り出したのだ。
「ララ様、これは私の気持ちです。
どうか受け取ってください」
「まぁ……アレス、これを私に?」
「はい。美しいララ様の手を傷つけないよう、
1本1本、すべての棘を私自ら抜きました」
1本1本、棘を抜いた……?
頭の中が真っ白になった。
私にくれたのは、その辺の道端に咲いていた
パンジーの押し花。
お姉様に捧げているのは、
丹念に手入れされた大輪のバラ。
「赤いバラの花言葉はご存知ですか?」
「いいえ、知らないわ」
はい、私も知りません。
するとアレス様の顔が赤くなる。
「花言葉は、『あなたを愛しています』」
「……っ!」
叫びそうになる口を両手で押さえる。
アレス様の顔は、
私に見せる爽やかな笑顔とは違う。
情熱と苦悩に満ちた男の顔だった。
「ララ様。この度の婚約、
大変申し訳ございません。
ですが王命に逆らうことはどうしても
出来ないのです
……私の心は、最初からあなただけの
ものだというのに」
パキッ。
絶望に震える足が、枯れ枝を踏んづけた。
「誰だ!?」
アレス様の鋭い視線がこちらを向く。
どうしよう! 絶体絶命――!
そのとき。
「ニャ~ン」
植え込みから城で飼っている
1匹の猫が飛び出した。
「……何だ、猫か」
アレス様が視線を逸らした隙に、
私はドレスをたくし上げ、なりふり構わず走り出した。
心臓が引きち切れそうだった。
いくら能天気な私でも、
今の状況で察してしまった。
アレス様とララお姉様は愛し合っている。
そしてアレス様にとって、
私との婚約は「逆らえない嫌な仕事」でしかないのだ。
(そんな……そんなのってないわ――っ!!)
バンッ!
自室の扉を蹴り開け、鍵をかける。
そのまま勢いに任せてベッドにダイブし、
ピローに顔を押し付けて絶叫した。
「ウワァァァァン!!
1本くらい……私にも赤いバラをくださいよー!」
目がパンパンに腫れるまで泣きながら、
私はぐちゃぐちゃの心で叫び続けた――
私は廊下をスキップしながら、
アレス様の元へ向かっていた。
この時間は午後の訓練の休憩中。
きっと騎士たちの詰め所で
汗を拭っているはずだ。
(待ってて、アレス様!
あなたの愛しい婚約者が今、
参りますからね!)
****
「あ、あの……アレス様は
いらっしゃいますか?」
詰め所の入り口から、
私はそっと顔を覗かせた。
すると、すぐ傍でナッツを
ポリポリと食べていた若い騎士が
顔を上げた。
ダークブロンドの髪に、
吸い込まれそうな紺碧の瞳。
顔はいい。
無駄にいいけれど、
その目は完全に据わっていた。
「はぁ? 誰ですって?」
……ガラが悪い。
王女である私の前で、
平気でナッツを咀嚼し続けるなんて
信じられない。
(……絶対モテないわね、この人。
顔はいいのに目がイッテるもの)
「ですから、アレス様です!
アレス・ベルトラン様は
いらっしゃいますか?」
食ってかかる私に、彼は面倒くさそうに
鼻を鳴らした。
その時、奥から顔見知りの騎士が
血相を変えて飛んできた。
「サ、サラ姫様! 申し訳ございません!
彼はキースと言って、2週間前に配属されたばかりで……
まだ不慣れなのです。おいキース、失礼だぞ!
サラ姫様に謝るんだ!」
「……チッ。はいはい、
どうも申し訳ございませんでした」
キースと呼ばれた男は、小さく舌打ちして
視線を逸らした。
な、なんて無礼な奴!
けれど今の私は、
この不敬な男などに構っている暇はない。
「アレスなら、王宮の庭園へ行くと
話していましたよ」
「庭園ね! ?
教えてくれてありがとうございます!」
私はキースを睨みつけるのも忘れ、
翼が生えたような足取りで庭園へと急いだ。
****
美しい花々が咲き乱れる、王宮の庭園――
「アレス様、どこかしら……?」
キョロキョロと見渡していると、
風に乗って聞き慣れた声が届いた。
「……お待たせして申し訳ございません」
ドクン、と心臓が跳ねる。
アレス様の声だ。
でも、誰に謝っているの?
私は植え込みに身を隠し、
そっと隙間から覗き込んだ。
そこには、水色のドレスを風になびかせる
女性の後ろ姿があった。
ストロベリーブロンドの長い髪。
4歳年上の、ララお姉様だ。
「どうして2人が……?」
驚きで固まる私の前で、
アレス様が信じられない行動に出た。
彼はマントの下から、
燃えるような真紅のバラの花束を取り出したのだ。
「ララ様、これは私の気持ちです。
どうか受け取ってください」
「まぁ……アレス、これを私に?」
「はい。美しいララ様の手を傷つけないよう、
1本1本、すべての棘を私自ら抜きました」
1本1本、棘を抜いた……?
頭の中が真っ白になった。
私にくれたのは、その辺の道端に咲いていた
パンジーの押し花。
お姉様に捧げているのは、
丹念に手入れされた大輪のバラ。
「赤いバラの花言葉はご存知ですか?」
「いいえ、知らないわ」
はい、私も知りません。
するとアレス様の顔が赤くなる。
「花言葉は、『あなたを愛しています』」
「……っ!」
叫びそうになる口を両手で押さえる。
アレス様の顔は、
私に見せる爽やかな笑顔とは違う。
情熱と苦悩に満ちた男の顔だった。
「ララ様。この度の婚約、
大変申し訳ございません。
ですが王命に逆らうことはどうしても
出来ないのです
……私の心は、最初からあなただけの
ものだというのに」
パキッ。
絶望に震える足が、枯れ枝を踏んづけた。
「誰だ!?」
アレス様の鋭い視線がこちらを向く。
どうしよう! 絶体絶命――!
そのとき。
「ニャ~ン」
植え込みから城で飼っている
1匹の猫が飛び出した。
「……何だ、猫か」
アレス様が視線を逸らした隙に、
私はドレスをたくし上げ、なりふり構わず走り出した。
心臓が引きち切れそうだった。
いくら能天気な私でも、
今の状況で察してしまった。
アレス様とララお姉様は愛し合っている。
そしてアレス様にとって、
私との婚約は「逆らえない嫌な仕事」でしかないのだ。
(そんな……そんなのってないわ――っ!!)
バンッ!
自室の扉を蹴り開け、鍵をかける。
そのまま勢いに任せてベッドにダイブし、
ピローに顔を押し付けて絶叫した。
「ウワァァァァン!!
1本くらい……私にも赤いバラをくださいよー!」
目がパンパンに腫れるまで泣きながら、
私はぐちゃぐちゃの心で叫び続けた――



