――それは今から半年前のこと。
「はぁ……アレス様、
今日も最高に素敵だわ……」
午前10時。
私は城内の訓練場を見下ろす物陰で、
熱い吐息を漏らしていた。
ここバルディア王国は大陸一の軍事国家だ。
騎士なんてそこら中にわんさかいる。
けれど、私の視線が捉えているのはただ一人。
アレス・ベルトラン、22歳。
王国最強の騎士にして、
名門ベルトラン伯爵家の長男。
188㎝の恵まれた体躯に
野性味あふれる黒髪。
そして射抜くような金の瞳。
剣を振るえば鋭く、収める姿は優雅。
汗を拭う仕草さえ一枚の絵画のよう。
「おい、またサラ王女が覗き見してるぞ」
「隠れてるつもりなのが可愛いよな」
遠くで騎士たちの茶化す声が聞こえるけれど、
そんなものはミジンコほども気にならない。
今の私はアレス様を網膜に焼き付けるのに
忙しいのだ。
「……あ。こっちに来る。
……歩いてくる。
……死ぬ、死んじゃうわ!」
気づいた時には遅かった。
アレス様が満面の笑みで、私のすぐ側まで
歩み寄ってきていたのだ。
逃げようにも、腰が抜けて動けない。
「サラ姫。
今日も訓練を見学にいらしていたのですね?」
太陽を背に、見下ろしてくるアレス様。
……破壊力抜群、めまいがしそう。
「え、ええ! そうなの。
王女たるもの、騎士の皆様が日々どのように
訓練しているか把握しておく義務があると思って……
オホホホ!」
必死に裏返った声で誤魔化す私に、
アレス様は眩しいほど爽やかに微笑んだ。
「そのお心遣い、光栄です。
……実は姫にお渡ししたいものがありまして」
「え?」
彼が逞しい手でポケットから取り出したのは
一枚の細長い紙片だった。
そこには、美しい紫色の押し花が
貼り付けられている。
これは……。
「しおり、ですか?」
「はい、しおりです。
道端にパンジーが咲いているのを
見かけまして。
その可憐な姿がサラ姫に重なり、
つい形に残したくなってしまったのです。
……手作りですが、
受け取っていただけますか?」
じ、じ~ん……!
感動のあまり、
心臓が爆発するかと思った。
最強の騎士が……私のために道端の花を摘み、
慣れない手つきで押し花を作ってくれた……?
「ありがとうございます!
一生の……いえ、来世までの宝物にします!」
「フフ、本当に姫は愛らしい方だ」
大きな手が私の頭を優しく撫で、
彼は風のように去っていく。
私はしおりを胸に抱きしめ、天を仰いだ。
「……決めたわ。今日はもう、髪を洗うのやめる」
****
――同日、13時。
私は国王である父に呼び出されていた。
執務室の高級なソファに座り、
山盛りのスイーツを前に紅茶を啜る。
目の前にいる、第15代バルディア国王は甘い。
とにかく私に甘い。
「犬が欲しい」と言えば30匹用意し、
「本を読みたい」と言えば図書館を建てる。
そんな過保護な父が、
今日はいつになく上機嫌で
身を乗り出してきた。
「可愛いサラや。
来月でいよいよ18歳、成人だな」
「ええ、お父様」
「そこでだ! 私からお前に
最高のプレゼントを用意した。
何だと思う?」
またダイヤモンドの山か、
あるいは新しい離宮か。
「さぁ? さっぱり分かりません」
肩をすくめる。
すると父は勝ち誇った顔で宣言した。
「今回のプレゼントは――
アレス・ベルトランだ!
彼をお前の結婚相手として進呈しよう。
どうだ、驚いたか!」
「えええええええっ!?」
叫び声とともに、
ティーカップを落としそうになる。
アレス様としおり。
そして、お父様からの婚約発表。
「ほ、本当ですか!?
本当にホントの話ですよね!?」
気付けば立ち上がって叫んでいた。
これって……両想いってことよね!?
私は、世界で一番幸せな王女だわ!
けれど……この時の私は
まだ何も知らなかった。
この「プレゼント」という言葉に隠された
あまりにも辛い現実を――
「はぁ……アレス様、
今日も最高に素敵だわ……」
午前10時。
私は城内の訓練場を見下ろす物陰で、
熱い吐息を漏らしていた。
ここバルディア王国は大陸一の軍事国家だ。
騎士なんてそこら中にわんさかいる。
けれど、私の視線が捉えているのはただ一人。
アレス・ベルトラン、22歳。
王国最強の騎士にして、
名門ベルトラン伯爵家の長男。
188㎝の恵まれた体躯に
野性味あふれる黒髪。
そして射抜くような金の瞳。
剣を振るえば鋭く、収める姿は優雅。
汗を拭う仕草さえ一枚の絵画のよう。
「おい、またサラ王女が覗き見してるぞ」
「隠れてるつもりなのが可愛いよな」
遠くで騎士たちの茶化す声が聞こえるけれど、
そんなものはミジンコほども気にならない。
今の私はアレス様を網膜に焼き付けるのに
忙しいのだ。
「……あ。こっちに来る。
……歩いてくる。
……死ぬ、死んじゃうわ!」
気づいた時には遅かった。
アレス様が満面の笑みで、私のすぐ側まで
歩み寄ってきていたのだ。
逃げようにも、腰が抜けて動けない。
「サラ姫。
今日も訓練を見学にいらしていたのですね?」
太陽を背に、見下ろしてくるアレス様。
……破壊力抜群、めまいがしそう。
「え、ええ! そうなの。
王女たるもの、騎士の皆様が日々どのように
訓練しているか把握しておく義務があると思って……
オホホホ!」
必死に裏返った声で誤魔化す私に、
アレス様は眩しいほど爽やかに微笑んだ。
「そのお心遣い、光栄です。
……実は姫にお渡ししたいものがありまして」
「え?」
彼が逞しい手でポケットから取り出したのは
一枚の細長い紙片だった。
そこには、美しい紫色の押し花が
貼り付けられている。
これは……。
「しおり、ですか?」
「はい、しおりです。
道端にパンジーが咲いているのを
見かけまして。
その可憐な姿がサラ姫に重なり、
つい形に残したくなってしまったのです。
……手作りですが、
受け取っていただけますか?」
じ、じ~ん……!
感動のあまり、
心臓が爆発するかと思った。
最強の騎士が……私のために道端の花を摘み、
慣れない手つきで押し花を作ってくれた……?
「ありがとうございます!
一生の……いえ、来世までの宝物にします!」
「フフ、本当に姫は愛らしい方だ」
大きな手が私の頭を優しく撫で、
彼は風のように去っていく。
私はしおりを胸に抱きしめ、天を仰いだ。
「……決めたわ。今日はもう、髪を洗うのやめる」
****
――同日、13時。
私は国王である父に呼び出されていた。
執務室の高級なソファに座り、
山盛りのスイーツを前に紅茶を啜る。
目の前にいる、第15代バルディア国王は甘い。
とにかく私に甘い。
「犬が欲しい」と言えば30匹用意し、
「本を読みたい」と言えば図書館を建てる。
そんな過保護な父が、
今日はいつになく上機嫌で
身を乗り出してきた。
「可愛いサラや。
来月でいよいよ18歳、成人だな」
「ええ、お父様」
「そこでだ! 私からお前に
最高のプレゼントを用意した。
何だと思う?」
またダイヤモンドの山か、
あるいは新しい離宮か。
「さぁ? さっぱり分かりません」
肩をすくめる。
すると父は勝ち誇った顔で宣言した。
「今回のプレゼントは――
アレス・ベルトランだ!
彼をお前の結婚相手として進呈しよう。
どうだ、驚いたか!」
「えええええええっ!?」
叫び声とともに、
ティーカップを落としそうになる。
アレス様としおり。
そして、お父様からの婚約発表。
「ほ、本当ですか!?
本当にホントの話ですよね!?」
気付けば立ち上がって叫んでいた。
これって……両想いってことよね!?
私は、世界で一番幸せな王女だわ!
けれど……この時の私は
まだ何も知らなかった。
この「プレゼント」という言葉に隠された
あまりにも辛い現実を――



