追われる能天気姫と不愛想な騎士の巻き込まれ逃避行 〜偽りの王女は、初恋の騎士も王位も捨てて自由になりたい〜

「キース……」

神妙な面持ちで名前を呼んだ、
その時。

ぐ〜……。

静まりかえった路地に情けないほどに
響き渡る二つの重なった音。

私とキースのお腹の音が、あろうことか
同時に鳴ってしまった。

「……ッ!」

マズイ! 
この陰険嫌味騎士に……
よりによって一番聞かれたくない音を
聞かれてしまったわ!

案の定、
キースの口元に意地の悪い笑みが浮かぶ。

「おやぁ……姫。今の音は……」

「ち、違うわ! 今の音は……キース!
あなたの腹の虫でしょう!?
もう、仕方ないわねぇ。
そんなにお腹が空いているのなら
食事に付き合ってあげるわよ!」

「はぁ!?」

「ついてらっしゃい!
素敵な定食屋を知ってるのよ!」

「俺は城に帰ると言ってるでしょう!?」

「安心なさい。この私が、あなたのために
特別にご馳走してあげるのだから。
感謝なさい!」

「俺は行くなんて……お、おい!? 
どこへ行くんです!?」

キースの言葉を一切無視して、
私は最近お気に入りの店に向かって突き進む。

背後からは
「くっそ、人の話を無視して!」と、
苛立ち混じりの足音がついてくる。

フフン、無理やり連れ帰りたいのでしょうけど、
また誘拐犯扱いされるのは御免だものねぇ。

こうして私とキースは
朝の活気に満ちた定食屋へと足を踏み入れた――

****

鉄板の焼ける音が響き渡る店内。

「おーい! 水くれ!」

「メニューまだなのか!?」

朝の定食屋は、
これから現場へ向かう労働者たちで
賑わっていた。

席はほとんど埋まっており、
客層は私以外すべてが屈強な男性客だ。

ホールでは若い女性店員が
忙しそうに料理を運んでいる。

そして窓際のテーブル席に私たちは座っていた。

「うん、やっぱりここの食事は
安くて美味しい。
最高ね! 見て! 
お肉がぎっしり詰まったこのミートパイを!」

運ばれてきたばかりの熱々なミートパイを
フォークで突き刺し、大きく開けた口に運ぶ。

パクリ。

溢れ出る肉汁。これよ、これ!

「あのですねぇ……」

向かいの席ではキースが忌々しげに
眉間にシワを寄せて私を睨んでいた。

「こんな店、一人で来てたんですか?
普通に危ないでしょ?」

「あら? 心配してくれるの? 
器はちっさいくせに、意外と過保護なのね。
でもそれなら大丈夫よ。
お客は皆忙しい労働者。
いちいち私のことなんか構う暇人はいないわ」

「誰が器がちっさいですか! 
……まぁ、確かに言われてみればそうですがね」

周囲を見渡すキース。
来店客たちは皆食事に集中し、
食べ終わったらさっさと出て行く。
回転率が良い定食屋なのだ。

「そんなことより食べないの? 
折角の料理が冷めるわよ。
それともいらないなら私が
貰ってあげましょうか?」

私は周囲の心配よりも、
キースの前に置かれた骨付き肉が
冷めないかの方が気がかりだった。

さっとお肉に手を伸ばすと、
キースが慌てたように皿を遠ざける。

「あげませんよ! 
誰が食べないと言いましたか!?」

「……何よ、ケチね。
一本くらい分けてくれてもいいじゃない」

仕方なく再びミートパイを口にする。

「全く本当に姫なんですか?
どれだけ食い意地が張っているんだ……」

キースは乱暴に肉を咀嚼すると、
ボロボロのマントを揺らして
周囲を警戒するように見回す。

そんなことしなくたって、いいのに。
それにしても……。

「プッ」

思わず吹き出しそうになる。

徹夜明けのひどい顔でお肉を頬張る騎士キース。
そのおでこは、今も真っ赤なままなのだから
笑わずにはいられない。

「何ですか? 突然笑ったりして。
全く気味の悪い……」

本当になんて口の悪い騎士なのだろう。
仮にも王女である私に対し、失礼極まりない。

「いいですか、これを食ったら城に
帰りますからね」

キースがパンをちぎって口に放り込む。

 ……何だ、まだ諦めていなかったのか。

それならば――

キースの赤くなったおでこをじっと見つめ、
ゆっくりと口を開いた。

「ねぇ、キース。
そのおでこ……まだ赤いわね。痛い?」

私は笑顔でキースに尋ねた――