追われる能天気姫と不愛想な騎士の巻き込まれ逃避行 〜偽りの王女は、初恋の騎士も王位も捨てて自由になりたい〜

 ――抜けるような青い空。

森の木々に囲まれた
水晶のように美しい湖。

そんな絶景の静寂をぶち破ったのは、
およそ風情のない金属音と
野卑な怒鳴り声だった。

「おとなしく姫を渡せ!」

黒装束の男たちが、
勝手についてきた私の護衛騎士
キースに斬りかかる。

剣を構えたキースはダークブロンドの前髪から
冷徹な紺碧の瞳で男を睨みつけた。

「あぁ? 誰が渡すかよ。
そんなことしたら
俺の首が飛んじまうだろうが!」

キンッ!

鋭い音が響き、
キースは力任せに相手の剣を弾き飛ばした。

腕はいい。
そこらの騎士には負けない
実力があるのは認める。

でも何より口が悪い。
あれが王家を守る騎士のセリフ?

彼は私の首より、
自分の首の方がよっぽど大切らしい。

「……そんなに自分の首が大事なら、
今すぐ逃げればいいじゃない」

戦いの邪魔にならないよう木陰に隠れながら、
私は懐から空の薬瓶を取り出した。

キィン!
ガキン!

目の前では次々と増える黒装束の男たち。
キースは舌打ちをしながら
剣を振るっている。

彼らが狙っているのは
私の命じゃない、能力だ。

この手で石ころを握りしめて念じれば……。

そこへキースの怒声が飛んできた。

「おい、そこのバカ姫!
何やってんだ!
ボケッと突っ立ってないで
さっさと森の奥まで逃げろ!」

プチッ

その言葉に、私の脳内で何かが切れた。

「……バカ姫?」

バルディア王国第二王女、
サラ・バルディアに向かって……?

助けてあげようと思ったのに。
心配して損したわ。

足元に生えていた『その辺の草』を
根こそぎ引き抜くと、
瓶の中へ押し込む。

「誰がバカ姫よ……せっかくこの私が
助けてあげようとしているのに……」

すると地獄耳キースの顔が一瞬で青ざめた。

「は? 助けるだと……? 
おい、やめろ! 
そもそも、お前の助け方は
方向性が狂ってるんだよ!」

私は返事の代わりに、
自分の中に眠る強烈な魔力を瓶へと叩き込む。

ガシャガシャガシャ! 

振る、振る。

キースへの悪意をたっぷり込めて
激しく振る。

すると――

ピカッ!

瓶の中身が直視できないほどに
まばゆい光を放った。

蓋を外し、
敵――そしてついでにキースへ向ける。


「いけぇええええーっ!」

叫び声と供に、
瓶の中から激しい突風が吹きだした。

ゴウゴウと森の木々をなぎ倒し、
黒装束の男たちとキースに向かって。

「あ?」

「うわあああああああ!」

ゴッ!

当然の報いとして、
毒舌騎士も強烈な爆風に巻き込まれ、
美しい放物線を描きながら、
湖のど真ん中へと真っ逆さまに
落ちていく。

「お前、マジで覚えてろよーーー!」

絶叫を最後に――

ドボォォォォン!! 

盛大な水柱が上がり、私1人が残された。

嵐の去った静かな森。
手元の空の薬瓶が、まだ煙を上げている。

びしょ濡れで這い上がってくるであろう
騎士の顔は見たくないけど……。

「……まあ、敵はいなくなったし、
結果オーライよね」

自慢のプラチナブロンドの
長い髪をなびかせながら、
近くにあった丸太に腰を下ろすと
湖を見つめる。

そもそも、私と毒舌騎士が
何故追われているのか……。

それは私がまだお城でお姫様だった頃。

毒舌キースとは似ても似つかない、
紳士な黒髪の騎士――アレス。

愚かにも心から彼に恋をしていた頃に……遡る――