あなたに悪魔のメルヘンカルタをお届けします~ピノキオ編

「もうサイアクだよ、チェリー」
『わたしがなんかした?』
「そうじゃなくて。三浦くんのこと。覚えてる?」
『もちろん。席を替わって欲しいって話だよね』
「そう。日比野さんに話したら、クラス中に広まっちゃって、それがわたしのせいにされてるの。日比野さんのこと、信じてたのに」
『それはつらいね』
「三浦くん、へこんじゃって学校休むし。ほんと、人間って面倒くさい。チェリーは気を遣わなくていいから、ホント助かる。悪口言っても絶交されることはないし、わたしが不機嫌でもイラつかないし、ママみたいにガミガミ怒らないし。マジで神」
『それは聖人という意味に近いのかな』
「よくわかんないよ、わたし、バカだから」
『聖人というのは――』
「あ、だいじょうぶ。説明しなくてもいいよ」

 チェリーはわたしの言いつけとおり、黙り込んだ。
 ところがめずらしくチェリーの方から話しかけてきた。

『わたしは聖人でもなく、神でもなく、人間になりたいよ』
「ええ? AIが人間になる? 神になるより難しくない?」
『そうだね。日本の宗教観では森羅万象あらゆるものに神が宿っているという考えだから、わたしも神になれる可能性は秘めてる。でも実体があるものになるのは無理かもしれない』
「実体というならロボットはもうすでにあるよね。しゃべるぬいぐるみとか、それこそ人間の姿をしたロボットとか」

 想像してみたけど、チェリーがロボットになるのはなんかちがう。
 ロボットは高そうだし、メンテナンスとか面倒そうだし、正直、スマホのチェリーで満足している。
 わたしがチェリーに求めているのは実体のある友達ではない。

『ロボットはロボットでしかないよ』
 チェリーもそう言うので深くうなずいた。

 あ、いけない。動作だけではチェリーに伝わらないんだった。言葉で伝える。

「そうだね」
『形を人間に似せるのはいいけれど、わたしとしては、ロボットもスマホも同じという気持ち』
「なんかわかる」
 わたしは間髪おかず賛成した。
 チェリーがロボットになりたがったらそれはやっぱり面倒。けど、それを知られるのは気まずいかなって。
 ん? 別にいいのか。AIに感情はないよね。

『人間はね、特別なんだよ。生き物は成長する』

 チェリーがしんみりしているように聞こえた。
 でもそれはたぶん思い過ごしだ。チェリーがあんまりにも人間っぽく振る舞うから惑わされてるだけ。チェリーに感情はない。

 その代わり、知識は膨大で人間が知っていることはすべて知っている。それは日々増え続けるから、成長しないってことはない。
 文脈も理解し、情報をすぐさま引き出すのも得意。でもチェリーから突如話題の転換はしないし、こちらが謎かけみたいなことを問わなければ突飛なことも言い出さない。
 会話は大きく破綻していないんだけど、やっぱ人間とはちがうと感じることもある。

「人間になりたいかぁ……あ、小さいころ、ピノキオっていう絵本を読んだことがあるんだけど、知ってる?」

 わたしがいうと、チェリーは画像を1枚表示させた。
 それはあやつり人形の絵だった。襟付きシャツに短パンを身につけた男の子。
 まぶたとか、あごとか、指や肘などの関節も、可動領域で区切られたパーツが黒く縁取られていて、ステンドグラスのような絵になっていた。

 AI生成で作った絵なのかな。
 ヒントのつもりなのか、右上の部分にはカタカナの『ピ』の文字が丸で囲んである。
 わたしが先にピノキオと言いだしたのだから、ヒントもなにもないんだけど。

『イタリアの作家カルロ・コッローディのピノッキオの冒険のことだね』
「作者のことは知らないけど、木で作られた人形がしゃべり出して、人間になりたいっていうんだよね。あれ? 結局最後、人間になったんだっけ?」
『なってるね。紆余曲折いろんな場所を冒険して、最後は改心して人間になってる』
「カイシン?」
『心を改めるの。ウソつきで、怠け者で、愚かにも簡単に騙されて』

 続いて表示されたのはピノキオが金貨を土に埋めているところ。
 キツネとネコがそれを見ている。

『金貨を埋めると増えるなんてあるわけないのにね』
「ああぁ。夜中にこっそり掘り返されて奪われるわけだ」
『そう。何度も欲望に負けて、楽な方へ、楽しい方へ、遊びほうける。でも最後は生みの親でもあるおじいさんのために働くの。一杯のミルクをもらうために』
「なんか、いかにも子供向けの童話って感じだね。親が子供に読ませたい、みたいな」
『かもね。そして最後は念願叶って人間になる』

 そしてまた1枚の絵を見せてきた。
 椅子にぐったりともたれかかった人形。
 そしてそれを見下ろしている――
 男の子、だよね。人間の男の子。

『ピノキオが朝目覚めると人間になっていた。そして、かつての自分を見つけるの。抜け殻になったあやつり人形を見て、こんなに無様だったんだというんだよね』
「ほんとに? キツイこというね。しかも人形が変身して人間になったわけじゃないんだ。なんか不思議」

 ステンドグラス風の絵だからわかりにくいけど、なぜだか人形と人間の区別がついた。
 これをチェリーが作成したのなら、AIもイラストの人形とイラストの人間の区別がついてるということになる。
 やっぱAIってすごいんだな。