ミッドナイト・ヴェノム





*





それからしばらく。



私と怜悧はクラスになじみ、花奈や弦くんとほとんどの時間を過ごし、たくさん話をした。



「樋口 七夏」は、花奈の得意教科は苦手で、花奈の苦手教科は得意な女の子。



だからお互いに教え合えるね、なんて言ったりして。



それから、「春野 怜悧」は花奈と同じ教科が苦手。



だから一緒に頭を捻ってハテナマークを浮かべて、笑い合ったり。



それから、弦くんは「樋口 七夏」と同じ感じの得意不得意があるみたい。



そうやってみんなの中の私たちを作り上げて。



ときにはアイスを買いに行き。カフェに行き、ゲームセンターに行き。



そして花奈とお互いに、呼び捨てになったりして。



そんな青春を、続けていく。




「ねーねー花奈!今日はどうする?」



「どうしよっか?そういえば、移動遊園地が来てるんじゃなかった?」



「あ、俺それ知ってるよ。観光通りの広場にあるって」



「おー!怜悧もしかして、花奈とか七夏と一緒に行きたくて調べてたのか⁉︎」



「うるさいなあ弦。そっちこそ、もうチケット買ったりしてるんじゃないの?」



「俺にそんな金ねーよ!せいぜい買えて俺1人分だっつの!」




おやつやらクレーンゲームやらで散財していた弦くん。



でもチケット1人分買えるということは、つまり。




「それじゃあ、みんなで行こうよ、今日!」




笑顔でそう持ちかけると、花奈や弦くんの顔はぱあっと明るくなった。




「行こう!絶対行こう!」



「おう!それじゃあ今日はダッシュで校門集合な!」




掃除が終わったらすぐ行くから、なんて約束を交わして。



花奈と自分の席に戻れば、隣の席の花奈はるんるん気分のようで、にこにこしながら話しかけてきた。




「楽しみだね、七夏」



「うん、楽しみ!観覧車とかあるみたいだよ」



「観覧車……!」




花奈はより一層目を輝かせた。



普段遊園地とか行かないから、よほど楽しみなのだろう。



遊園地なら人も多いし、護衛する分にも問題ない。西宮会の会長も許してくれるだろう。



花奈とそうやって観覧車の話をしていると、花奈は声を潜めて私に耳打ちをしてきた。




「ねえねえ、一個、お願いしてもいい……?」



「……どうしたの?」



「あの、実は私、春野くんのこと気になってて」



「……」




私は無言で花奈の顔を見た。



頬を染め、恥ずかしそうに言う彼女の姿は、ごく普通の恋する乙女だ。




「観覧車、2人になれたりしないかなって……」




……まあ、こうなることはわかっていた。



ごく普通の高校生のように振る舞う怜悧は、されどとても優しく紳士的で、いつも花奈の細かい努力にも気づく「男の子」。



柔らかい微笑みも、ふとしたときの褒め言葉も、「春野 怜悧」は花奈が恋するに十分すぎるほどの要素を取り揃えている。



でも、思い出すのは。




『高校で青春みたいな恋でもしちゃう?』




……でも、私たちは花奈から、西宮会の情報を抜き出す必要がある。



ならば、私個人の感情よりも、花奈の願いを叶える方が先決だ。



そもそも、ああ言いはしたけど、実際に花奈が怜悧に惚れてくれるなら、こうするのが一番の近道ではあるのだ。



私が友達になってそれとなく聞くよりも、ずっと早いに決まってる。




「もちろんだよ!」




私は花奈と同じように頬を染めて恋バナに喜ぶ顔を作り、強く頷いた。




「じゃあ、どうする?普通のじゃんけんとかだと確実じゃないし……」



「うーん……それなんだよね……」



「あ、なら!私、弦くんと一緒になりたいから協力してくれって、春野くんに頼んでみる」



「ほんと⁉︎」



「弦くんにも事情話していい?」



「もちろん!!」




花奈は、再び頬を染めて、嬉しそうに笑った。



なんか眩しいなあ。純粋な笑顔ってやつだからだろうか。



同じ裏社会に生まれたはずなのに、なんでだろう。



私も愚かで浅はかだったなら、幸せに生きていられたかな。



まあ、でもそれは今はどうでもいい。



思い立ったが吉日、と私は弦くんにその旨のメッセージを送りつつ、弦くんの既読がついて弦くんが任せろと言わんばかりにウインクをかましてきた後、すぐに怜悧の席に向かった。





「ねえねえ、春野くん」



「んー?七夏ちゃん、どうしたの?」




こてん、と首を傾げる怜悧。



その声は怜悧の地声よりも僅かに高いような気がする。



ちょうど爽やか穏やか高校生らしき声音になっているところ、流石の仕事ぶりだと感心してしまう。



そんな怜悧に私は「実は真面目なお話があって」と、声を潜めて怜悧に交渉を持ちかけた。




「真面目なお話って?」



「あ、あのね……」




そこで、私は頬を染めて怜悧を見上げてみた。



さっきの花奈の――そう、恋する乙女の笑顔のように。



まるで、幸せで優しい世界で愛を抱く、純粋な女の子のように。




「実は、今日行く約束の移動遊園地に、観覧車があるらしくて」



「うん、そうだね」



「実は、ね、私。弦くんと、2人で乗りたいなって」



「……」




こそこそ、秘密の話をするように。



そう言ってみれば、怜悧は少しだけ、一瞬だけ、目を細めた。



今の会話で、だいたい事情は察したらしい。




「だから、協力してくれない……?」



「――……」




すると、怜悧も手で作った筒を口に当てるようにして、ヒソヒソ話の構えを取った。



この学校にいる間――否、別の仕事中か家以外では、私たちは「樋口 七夏」と「春野 怜悧」を演じ続ける。



だから、恋する友達であるはずの私へのよい返事を期待してそれに耳を寄せた、そのとき。




「……いやだって、言ったら?」



「……っ」




低い。



……これは、「怜悧」の声だ。



私といるときの、繕っていないときの、演じていないときの声だ。



甘ったるくて、低くて心地よくて、ぐらりと揺らぎそうになる声。



それをいきなり吹き込まれて驚いたけれど、私は顔に浮かびかけた驚きをなんとか呑み込み、平静を装った。




「……なーんてね」




私を少しでも動揺させたことに、満足でもしたのか。



怜悧は、くすりと笑い、低い声のままでそう呟く。



そして「春野 怜悧」の声に戻り、にっこり笑った。




「もちろん協力する。弦と楽しんでね」



「うん、ありがとう……!」




どうしたんだろう、いきなり。



でも演技に戻ってくれてよかった、と思って顔を離せば。




「……」




その変化は、私にしかわからないようなものでは、あったけど。



その瞳の奥が、燃えていた。



あれは炎だ。



なぜなのか、あの炎がなんなのかすら、私にはよくわからない。



だけど、あれは。




「……それじゃあ、よろしく」




あれは、やばい、気がする。




「うん、任せておいて」




帰ったら私、何かされる。



そんな直感じみた予想が頭に浮かぶまで、そう時間はかからなかった。