ミッドナイト・ヴェノム



学校から活動拠点である家に帰ってきてから。



制服から私服にすぐ着替えて、私は怜悧と一緒に紅茶を飲んでティータイムに興じていた。




「怜悧から見て、花奈はどう思う?」



「んー、まあはっきり言えば。自分の父親たちが何をしているのか、ヤクザとは、ヤクザの娘とは何なのか、それを忘れてるなって」



「そうだね、その通り」




「パパやみんながいる」から地元の大学、か。



私だったら、「パパやみんながいる」からこそ遠くの大学に行くだろうけどなあ。



だって危ないから。



それこそ、今刺客に狙われてるから私や怜悧があの子のそばにいたわけだし。



私たちが花奈の家まで花奈を送っていった意味、彼女は本当にわかっているんだろうか。



そもそも私たちのこともただの「護衛」で、刺客に狙われていることすら知らないのかも。




「……まあ、それについてはどっちでもいいけどね。それよりも問題は『刺客』の方」



「それは言えてる。七夏と幸せに暮らすためじゃなきゃ、こんなリスクの高い依頼受けないよ」




西宮 花奈を狙う『刺客』。



それは、とある大きめの海外マフィアから差し向けられたものだ。



それは、この国でも珍しく裏社会に寛容なこの街に進出し、あわよくば支配してしまおうと企んでいるらしい。



相変わらず厄介な人たちから目をつけられるよね、この街って。



そのマフィアたちはまだこの街には来ていないみたいだけど、西宮 花奈の暗殺が成功してしまえば西宮会は乱れ、その隙をつかれて進出を許してしまうだろう。



だから花奈に護衛がつけられたんだろうけど。



花奈が高校に来てるってことは、花奈は護衛のことを会長の心配性程度にしか思っていないに違いない。



そしてそのとばっちりが、今回の依頼というわけだ。




『あなた、その依頼のリスクわかってて言ってる?』



『頼む。お前たちにしか頼めないんだ』



『えー?どーしよっかなー』




思い出したのは、依頼を受けた時の電話での会話内容。



私たちは、依頼には忠実な「何でも屋」としてこの街ではそこそこ有名で、かつ私たちが高校生くらいの年齢であることは周知されている。



だから、西宮会の面々だと花奈の高校生活を守れないから私たちに白羽の矢が立った、と。



海外マフィアからの刺客なんて危険すぎるから、普段は受けないんだけど。



私たちの「目的」に大手をかけられる依頼だから、しょうがないね。




「ま、やれることをやればいいか」




私はそう割り切ることにして、紅茶の最後の一口を飲み切った。




「怜悧との薄っぺらい『高校生のふり』も、何だか新鮮で面白いし」



「確かにね。お互いに自己紹介してるとき、俺笑いそうになっちゃった」




それに、もし仮に刺客の対処に失敗して「死んだ」としても、それはそれで好都合だ。



だから何かを過剰に心配するのはやめよう。そういうことに思考のリソースを割くのは無駄でしかない。




「高校で青春みたいな恋でもしちゃう?」




気持ちを切り替え、さくりとクッキーを挟みながら半分本気で言ってみれば、怜悧の目はきらりと輝き、挑戦的な光を帯びた。




「いいね、七夏を落とすの楽しそう」



「私は怜悧のことずっと前から好きだよ?」



「知ってる、俺もだよ。でも、学校での俺たちは『会ったばかり』だから」




本名ではあるけれど、中身は偽りの高校生である「樋口 七夏」と「春野 怜悧」。



それぞれの恋の駆け引きは、退屈な依頼の中で生活を彩るいいスパイスになるかもしれない。




「いいの?落とす相手が花奈じゃなくて」



「七夏以外興味ないから、いいんだよ」




まーたそういうこと言って。



私も人のこと言えないけど、メーワクな男。女の気持ちも知らないで。




「それじゃあ、最初はどうしようか?『春野くん』はどんなふうに恋がしたいの?」




そう聞くと、怜悧はとびきり優しい、楽しそうな、美しい笑顔で微笑んだ。




「それはもちろん。『俺たちの好きなように』、だよ」




そう。それでいい。



そのときの気分で、ノリで、流れで。



たまにはそういうのも悪くないよね。




「……」




私はそんなことを考えながら、さくりとクッキーを食べ進める。



その味は甘ったるくて、毒みたいで、喉と胸が灼けるようで。



私は表情を変えることなく、おかわりした紅茶でクッキーを喉に押し込んだ。