ミッドナイト・ヴェノム



そして――とある、暑い夏の日。



私と怜悧は、自己紹介をした。




樋口(ひぐち) 七夏です、よろしくお願いします」



春野(はるの) 怜悧です」




そう、ここは何の変哲もない高校の教室。



そこで私たちは「2人の転校生」として紹介されたわけだが、理由は他でもない。



期間限定ではあるが、任務のために高校生になったからだ。




『西宮 花奈の護衛と刺客への対処』




私たちの「望み」への鍵である今回の依頼は、重要度が高いだけにかなりのクセモノだ。



護衛対象は高校生。



有名かつ有力なヤクザである西宮会のお嬢様、西宮(にしみや) 花奈(はな)は、その地位からさまざまな存在に狙われている。



今回は、とある組織から差し向けられるらしい刺客から彼女を守り、できれば刺客を捕えろとの指示だ。




「……」




先生がつらつらと紹介の言葉を並べるのを聞き流しながら、ざっと教室を見渡す。



そうすると、綺麗に髪が結われたお嬢様っぽい雰囲気の女の子が目に入った。



あの顔、事前に調べておいた「西宮 花奈」に違いない。




「それじゃあ樋口さんと春野くんは自分の席へどうぞ」



「はーい」




緩く挨拶をして、私たちはそれぞれの席へと移動した。



今回、怜悧はちょっとだけ遠い席。



私は、西宮 花奈の隣の席だ。



ホームルームが終わると、私は早速花奈に話しかけてみる。




「えっと、西宮 花奈ちゃん、だったよね?」



「……あなたたちが、パパが言ってた『護衛』?」



「そうそう。これからよろしくね!」




にこやかに笑ってみると花奈は微笑みながら「よろしく」と返してくれた。



噂によると西宮 花奈って庶民と関わりたがらないお嬢様って話だったけど、実際に彼女を見るとそうでもなさそうだ。



まあ所詮噂だしね。最初から信用はしていなかったけど。



それでもただの噂でしか情報を仕入れられなかったんだから、西宮会の情報セキュリティは大したものだ。



頑張れば突破できなくもなかったんだけど、それはリスクが大きすぎるし。



とにかく、手に入れられなかった西宮会の情報は、このお嬢様を通じて得るしかない。




「それじゃあ、一時間目は政経だから。移動しよ」



「うん。あ、それじゃあ怜悧も一緒に行ってもいい?」



「別に許可取らなくてもいいよ。今は護衛対象とかの前にクラスメイトなんだし」



「ふふ、ありがと」




怜悧に目配せすると、怜悧は自己紹介と共に自然な流れで私たちに加わった。



ついでに怜悧と仲良くなった陽キャっぽい男の子も一緒だ。その男の子は(げん)くんというらしい。



そういうわけで、私たちは4人で行動することになった。




「へー!七夏ってそんな遠いところから来たんだな!すげぇ!」



「うん、親の仕事の関係でね。春野くんはどうなんだっけ?」



「俺も親の転勤。まさか高三にもなって転校するとは思わなかったけどね」



「ふうん。2人とも大変なんだね」




「樋口 七夏」と「春野 怜悧」。



実はこれ、私たちの本名だ。



高校に入るなら、実際に存在する戸籍を使って入った方が楽だったというだけ。



普段は名字はおろか、本当の名前すら依頼相手とかターゲットには教えてなかったから、今本名を使おうと何の問題もない。




「でも私もびっくり。花奈ちゃんって、西宮会?のお嬢様なんだね」



「お嬢様って言っても、単に会長の娘であるだけなんだけどね」




試しに西宮会について言及してみたが、花奈の反応は良くはない。



んー、やっぱり思ってた反応と違うなあ。




「西宮会って、なんかやべー組織?みたいなこと聞いたけど、そうなのか?」




弦くんも西宮会についてよくわからないらしく、気になってたからと花奈に質問した。



だがまたもや、花奈の反応は歯切れが悪い。




「それが、私もよくわかんないの。私、西宮会の仕事について詳しく知ってるわけじゃなくて。でも一般的な『ヤクザ』と同じようなことをしてる……のかなあ、たぶん……?」



「花奈ちゃんが知らないってことは、パパさんは花奈ちゃんに関わってほしくないのかもね。娘には安全なところにいて欲しいとかかな?」




なるほど、会長の方から情報を絶っているのか。



どうりで詳しく話せないわけだ。




「たぶん、そうなんだろうなとは思うよ。自分たちの仕事には近づけないくせに、構成員やパパたちはすっごく可愛がってくれるし」



「へえ。愛されてるんだね」




怜悧と静かに視線を交わす。



花奈の事情は大体把握した。だからこの子は「命を狙われている」今も、高校なんかに来ているのか。



この子はヤクザに可愛がられて育ったから、きっと、裏社会への恐怖を忘れているんだ。



だからおそらく、狙われていることについてもあまり実感が湧いていないのだろう。



でもそれはそうとして、花奈はわがままお嬢様でも、非道な娘というわけでもない。



家族たちを大切にしているだけの、ただの女の子だ。




「…………」




なんか親近感湧くなあ、なんて。



私にそんなこと思われたら迷惑かな。思うくらいは許して欲しいけど。




『別に許可取らなくてもいいよ。今は護衛対象とかの前にクラスメイトなんだし』




……まあ、どうでもいいか。




「ところで、弦くんは長くこの街に住んでるの?」



「んー、そんなには長くねえんだよなあ。実は俺も、七夏と怜悧と同じで親が転勤族でさ。中学3年の頃にこっちに来たんだよ」



「そうなの?」



「来年また転勤しそうって言ってたけど、来年はもう大学生だしあんま関係ねえよな」




他のクラスメイトが花奈を遠巻きにしているのに対し、弦くんは積極的に花奈の話を聞いてるのはそういう理由か。



まだここにいて三年なら、最近は大きな事件はなかったし、西宮会について知らなくてもおかしくはないか。



対する私や怜悧は、弦くんたちにはああ言っているが、生まれたときからこの街の住人だ。



私たちが小さい頃はもうちょっと危険な街だった――それこそ、西宮会のせいで死んだ一般人もいた。



だけど、そのときのことは、街の外にいた弦くんはもちろん、仕事から遠ざけられていたらしい花奈も知らないだろう。




「……まあ、そうだね。弦くんと花奈ちゃんは、どこかの大学に行くの?」




とりあえず、今日花奈から引き出す情報はこれくらいでいい。



これからも細かい情報は探るとして、一旦普通の話題に移ることにした。




「俺は大阪かなー。行きてえとこあるから!」



「……私はこのままこの学園の大学に進学するつもり。街にはパパやみんながいるし、離れるのは寂しくて」



「ふーん、そうなんだ」




怜悧は平坦な声で相槌を打った。



だけどその顔は優しい微笑み。女神さえ腰が砕けてしまいそうな美貌に、流石の私も感嘆のため息をつきたい気分だ。



そう、怜悧はいつもそう。



偽りの微笑みも、空虚な愛の囁きも、怜悧から向けられるだけで浮かれた気持ちになってしまう。




「弦も花奈ちゃんも、ちゃんと未来のこと決めてるんだね」




そうやって細めた目に、きらめく瞳。



――ああ、毒だ。




「…………っうん、ありがとう……!」




なんとかそう返事をした花奈の頬が、桃色に染まっていく。



そのさまを目にして私は、任務と、それから私たちの目的の達成を確信した。