ミッドナイト・ヴェノム











「ただいま、七夏(ななか)




「隠れ家」の扉が開かれたと思えば、ゆったりとした声が聞こえた。



パソコンで作業する手を止めて振り返ると予想通り、仕事の相棒である怜悧(れいり)が帰ってきている。



私はすぐさま微笑み、怜悧に声をかけた。




「おかえり、怜悧。手筈通り、あの子の浮気情報は『総長さん』に流しておいたよ」



「ん。あっちも、たぶんもう立ち直れないと思うよ」




これで、今回のお仕事はおしまい。



元々承ったお仕事は「あの二人を破局させること」だったっけ。



『総長さん』は浮気を許せるような人じゃないみたいだし、たぶん浮気してた女の人、よくて半殺しだろう。



あーあ、かわいそうにな、なーんて。正直言って自業自得だよね。



それとついでに、あの子から怜悧が聞き出した『総長さん』の情報についても、調査依頼があったから活用させてもらった。これで大儲けってわけだ。




「報酬は?」



「今お仕事完了を連絡したとこだから、確認し次第来るんじゃない?」




パソコン画面を指し示すと、連絡画面を見た怜悧はふうんと頷いた。



んー、いっぱい作業したなあ。ちょっと肩凝ったかも。私も作業は終わったし、休憩しようかな。




「お茶淹れようか。それともコーヒーがいい?」



「んー……じゃあお茶で」




怜悧の注文に応じ、私たちお気に入りの紅茶を淹れる。結構お高めのやつだ。



その間に怜悧はお茶菓子を用意してくれていたようで、束の間の静かなティータイムが始まった。




「今回のお仕事はどうだった?」



「んー、俺?まあ、暇つぶしにはなったかな」




――とはいえ、暇つぶしする程長い間仕事をしていたわけでもなかったけどね。



最初にあの女の人に怜悧が接触してからまだ一週間も経っていなかったんじゃなかろうか。



本当にあっさりと終わってしまった。それもこれも、怜悧の美貌と、本当にそう思っているかのように紡がれる甘い囁きのせいなんだろうけれど。



本当に怜悧は恐ろしい人だ。まさに猛毒、触るな危険。



ひとたび触れてしまえば、もう逃げることなんて許されない。



その甘ったるい猛毒に侵され、そしてその睦言のすべてが嘘だったことに絶望していく。



そんな女性たちの姿を、私は幾度となく目にしてきた。




「本当に、怜悧ってひどい人」



「そんな俺は嫌い?」



「んーん、好きだよ?私たち同類だからね」




私も私で大概だ。



今回は怜悧が主に仕事を担当していたが、ターゲットが男性ならもちろん、ハニートラップするのは私。



私だって嘘を甘いムスクで誤魔化して、甘えた顔ととろけた声で平気で人を誘惑する。



私たちは、いつだって自分たちのためだけに生きている。



そんな私の返答を聞いて嬉しそうに――本当に嬉しいのかは疑わしいが――微笑んだ怜悧は、すっと目を細めて私に手を伸ばす。




「よかった、安心した。俺の好きな子の七夏だけには、俺のこと好きでいてほしいから」



「ちゃんと好きだよ。怜悧もずっと私のこと、好きでいてね」




なんて。嘘か本当かもわからないことばっかり言って。



いつも微笑みと毒で表面を飾り付けているせいで、相棒が言うことでさえ、それが本当のことなのかどうかわからない。



……いや、違うか。



本当なのか嘘なのか、私たちがそれを気にしようとしないだけだ。



あーあ、バカだな。私も怜悧も。



…………本当に。