「なんで…………っ!!」
鼻腔が溶けるような甘ったるい香水、捨てられた食べ残しの腐食臭、吐き気がしてくる酒の匂い。
それらをぐるぐるとかき混ぜて作られたようなこの街の繁華街では、今夜もさまざまな場所で、裏を生きる者たちが思い思いに過ごしていた。
そんな場所の、とある路地裏で。
煌びやかなタイトドレスに身を包んだその女性は、されど汚いゴミ袋の群れに薙ぎ倒され、泣きそうになりながら金切り声を上げた。
「なんで⁉︎お前、あたしのことが好きなんじゃなかったの⁉︎」
「ざーんねん。実は全然好きじゃないんだ。嘘ついててごめんね?」
そう言ってこてりと首を傾げた麗しい男性は、優しく目を細めて女性の前にしゃがみ込む。
その顔は見た目だけは慈悲で溢れる微笑みであったが、その男の所業は笑顔に全く似つかわしくないものだ。
「俺はさ、えーっと……きみ、名前なんだったっけ。なんでもいいか。きみがちょうど欲しい情報を持ってそうだったから近づいただけなんだよね」
「は……⁉︎」
「でもこんなに上手くいくとは思ってなかったなー」
慌てる女性に、男性はさらに楽しそうに言い募る。
あまりに感情のこもっていない声音で、愚かな女性でもその男の「上手くいくとは思ってなかった」ことが真実でないことがすぐにわかった。
だって、あまりにも簡単にその「欲しい情報」とやらを渡してしまったのだから。
だが女性が言い返せずに狼狽していても、男性は止まらない。
「きみ、『総長の女』だからきっと、浮気もしないし情報だって言ってくれないだろうなって思ってたんだけど。まさか、『総長の女』ともあろうものが浮気放題で、俺の接近を許しちゃった、なんて……ね?」
まあ知ってたけど、と男性は付け足した。
つまりこの男は、女性が浮気をしていると知っていて接近し、見事情報を聞き出したということか。
自分の浮気性が災いを呼んだ結果だ。きっと、誰も守ってくれはしないだろう。
「ほんとーにバカだったね、きみ。俺としてはありがたかったけど」
「……っ、この……!好き勝手に言って……!」
「だって事実じゃん。きみはもう用済みなんだし、言いたいこと言わないのもおかしくない?」
「用済み」という言葉に、女性はたちまち震え上がった。
確かに、知りたい情報を全て吐いた女性はもう、この男性にとっては必要ないだろう。
だからもう自分は終わりなのだ。この男性によって消されてしまう。
それを理解して、女性は絶望した。
「ぁ……そんな……」
「あ、俺はきみのこと殺さないから安心して」
「え……?」
「俺の仲間が『総長さん』に、きみが浮気してること伝えたはずだから。あの『総長さん』苛烈な人だし、きみのこと追いかけちゃうかも。捕まったらきっと殺されちゃうね」
「そ、そんな!」
「それじゃーね、お馬鹿さん。せいぜい逃げ回れよ」
そうして、柔らかく微笑んだ男性は絶望に打ちひしがれる女性を置いて去っていく。
それを追いかけるようなこともできず、女性はただただ泣き崩れた。
いつから自分の破滅は決まっていたのだろう。
浮気を始めたときから?『総長』の彼女になれて調子に乗っていた?
いや――違う。
あの男性の美貌に触れてしまったのが悪かったのだ。
あの美貌を目にし、言い寄られて、彼を欲しいと思ってしまったのが間違いだった。
あの男性が自分に偽りの愛を吐いて、それを自分が本気にしてしまったせいなのだ。
「……ぅ……」
でも、あの愛の言葉は嘘だった。
それを見抜けないどころか、浮かれているところを出し抜かれ、どん底まで落とされてしまって。
ああ、もう自分は何もできない。
あの男性は、なんて恐ろしい存在だったのだろう。
愛だと思っていだのはとてつもない猛毒だったということだ。
「……っ」
女性は、そこで自分の運命の全てを察した。



