推しの妻になりました〜アイドルと契約結婚〜


 翌朝。
 高層マンションの大きな窓から差し込む朝日に、苺依はゆっくりと目を覚ました。

(……そっか。私、本当に引っ越ししたんだ)

 夢じゃなかった現実を噛み締めながら、苺依は寝癖を直そうとフラフラと洗面所へ向かった。

「ふわぁ……。まずは顔洗って、朝ごはんの準備しなきゃ……」

 寝ぼけ眼で洗面所のドアをガラッと開けた、その瞬間。
 
「あ……」
「…………ノックくらいしろよ」

 そこにいたのは、鏡の前でヘアバンドをして前髪を上げ、無造作に顔を洗っているTOMAだった。
 上半身裸というオプションつき。
 衣装の上からでは分からないが、ほどよく引き締まったしなやかな筋肉と、浮き上がった鎖骨。
 そこから滴る水滴が反射してキラキラと輝いている。

「ひっっっ!?!?!?」

 苺依の顔が、一瞬で茹で上がったタコのように真っ赤になった。
 画面越しに見ていた「腹筋チラ見せ」のファンサービスとは、情報の密度が違いすぎる。

「す、す、すみません!! 失礼しましたああああ!!!」

 踵を返し勢いで扉を閉めてその場でうずくまる。
 心臓が耳のすぐ横で鳴っているみたいにうるさい。

「……おい」

 背後から、少し呆れたような声が聞こえた。
 振り返ると、いつの間にかラフなTシャツを着たTOMAが、首にタオルをかけたまま立っていた。

「邪魔……」
「じゃっ!?」
「なにやってんだよ。裸くらいで」
「裸って……そりゃあ、あなたには分かりませんよね! ファンにとって推しの裸がどれだけ尊いかなんて!」
「は?」
「もういいです!」

 言ってて恥ずかしい。
 本人を目の前になに言ってんだか……。

「なぁ……」
「なんですか」

 急に背後から伸びてきた腕。
 まるでスローモーションのように苺依を包みこんだ。
 
「…………」
「???????」

 数秒、なにが起こっているのか理解できなかった。
 お腹の前に回された腕。
 見上げると合う視線。
 
「飯……」
「はい?」
「飯、作って」
「あ……はい」

 これで断れる人がいたら教えてほしい。 
 昨日の悪魔はどこにいった?
 っていうくらい素直。
 余裕たっぷりに去っていくTOMAの背中を見送りながら、苺依は大きく深呼吸した。
 
「すぅっ………はぁぁぁぁぁ」

 前途多難な同居は始まったばかり……。

――To be continued