処方箋にはかけない年の差愛

窓の外に広がる田舎町の景色は、一年という月日が流れても、静止画のように変わることがなかった。
重度の貧血を患い、この病院で冬を越し、春を迎え、また季節を巡らせている末山愛斗にとって、白く無機質な病棟は「孤独な檻」に他ならない。
廊下に響くのは、力ない老人の吐息と、規則的なナースコールの音だけ。淡々と過ぎる日常の中で、愛斗は自分が透明な存在になって消えてしまうような錯覚に陥っていた。
そんなモノクロームの世界に、唯一の色を差し込んだのが、看護師の赤山涼子だった。
初めて彼女の笑顔を見た瞬間、愛斗の心は雷に打たれたように奪われた。それはあまりに純粋な一目惚れだった。
彼女の穏やかな優しさに触れるたび、病で冷え切った身体の奥底に、確かな熱が灯る。
この片思いだけが、今の愛斗を現世に繋ぎ止める、たった一つの希望だった。
朝が来た。
愛斗が微かな眩しさに目を覚ますと、別の看護師が朝食のトレーを運んできた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。しっかり食べてね」
愛斗は礼を言い、小さく手を合わせて箸を手に取った。しかし、病状のせいか食欲は細い。
少しだけ残してしまった食事を下げにいき、彼は再び自分のベッドへと戻った。

それからしばらくして、巡回の時間がやってきた。
カーテンの隙間から現れたのは、待ち焦がれていた涼子だった。
愛斗の胸が、期待に小さく跳ねる。
「愛斗くん、血圧測らせてね」
「……はい」
差し出された彼女の柔らかな手に、愛斗は緊張しながら腕を預けた。体温計を脇に挟み、血圧計が腕を締め付ける数秒間、彼は至近距離にある彼女の横顔をじっと見つめていた。
「ありがとう、愛斗くん。異常なしね」
「どういたしまして」
二人は短い言葉を交わす。
それだけで、愛斗の心は満たされる。
しかし、その穏やかな時間は、同部屋の鬼沢屋二郎によって破られた。
涼子が屋二郎の元へ向かうと、彼は照れ隠しなのか、それとも苛立ちなのか、顔を布団で隠しながら箱ティッシュの中身を次々と彼女に投げつけ始めたのだ。散らばる白い紙。
涼子は嫌な顔一つせず、それを一つひとつ丁寧に片付け、「また来るね」と優しく告げて去っていった。
彼女が去った後の病室に、愛斗の居場所はなかった。
彼は気分転換に売店へ寄り、軽い買い物を済ませてから、吸い寄せられるように屋上へと向かった。
重い鉄扉を開けると、そこには先客がいた。
涼子だった。彼女は一人、柵の向こうに広がる空を静かに見上げていた。
「愛斗くん、どうしたの?」
彼女が振り返り、愛斗に微笑みかける。
「……少し、風に当たりたくて」
二人はそれから、他愛もない話をしながら二十分ほど過ごした。空の色や、町に咲く花のこと。
病室では話せないような穏やかな時間が、屋上の風と共に流れていった。
「そろそろ戻らなきゃ」
涼子がそう言って歩き出した時、出口の段差で彼女の足がもつれた。
「あ……っ!」
前のめりに倒れそうになった彼女の体を、愛斗は反射的に抱きとめていた。
腕の中に、彼女の温もりと微かな石鹸の香りが広がる。
「ありがとう、愛斗くん。助かったわ」
「どういたしまして……転ばなくて、本当によかったです」
自分が彼女を強く抱きしめていることに気づき、愛斗は慌てて腕を解いた。顔が火照るのを感じながら、彼は涼子の後を追うようにして、眩しい光に満ちた屋上を後にした。
孤独だった檻の中に、確かな鼓動が響いていた。