「私………宇野くんのこと、何にも知らないな。」
ぽつり。
家族のことも、好きな⾷べ物も、
どんな⾳楽を聴くのかも。
屋上でタバコを吸って、
淡々としたことを⾔って、たまに笑う人。
ただ、それだけ。
「……今、何してるんだろ。」
帰り道は隣にいたのに。
急に、遠い。
スマホを⼿に取る。
連絡先は、まだない。
「……そっか。」
何も知らない。
なのに、⾃分の“明⽇”を少し預けている。
変なの。
伊織はブレザーを胸元に引き寄せる。
煙草の匂いが、かすかに残る。
⾃分じゃない誰かのことを思うのは、初めてだった。
⽬を閉じる。
暗闇の向こうに、屋上の横顔が浮かぶ。
無表情で、達観していて、
どこか、ひどく孤独そうな横顔。
「……宇野くん。」
⼩さく呟いて、天井を⾒上げた。



