面識のなかった同級生と名前のない関係になったら、隙間なく重なる相性で離れられなくなった【完結】

「……ん……」

 瞼に落ちる朝日が眩しくて、ゆっくりと目が覚める。

 光の差す方へ視線を巡らせると、ベランダとの境界をつくるレースカーテンが、少しだけ開いていた。
 窓の向こう側に、光の中で煙草を吸う芦田くんの後ろ姿が見える。

(…………カッコいい)

 まだぼんやりとした頭で、その広い背中を見つめる。

 昨晩、また流されてしまった。

 しかも、一回じゃなくて、何回も……。
 それに、求められるだけじゃなくて、私の方からも……。

(…………っ……)

 シーツの中での自分の大胆な言動を思い出し、一気に顔が熱くなり、思わず両手で覆った。

 窓越しの彼に視線を移すと、そのまま離せなくなる。
 私はもう、自分の気持ちを誤魔化すことができなくなっていた。

(……あーあ。もうこれは……好きだなあ)

 女性は関係を持つと相手を好きになってしまうとよく言うけれど、その説を今、身をもって実感している。
 身と心を切り離して割り切るなんて、どうしても難しかった。

 こんな関係にならなければ、遠くから眺めるだけの『ただのカッコいい同級生』だと思えたのに。

 でも、彼の腕の中で感じた熱や安心感を思うと、なかったことになんて絶対にできない自分がいた。

 カラカラ。
 控えめな音がしてガラス戸が開く。

 一服し終えて部屋に戻ってきた芦田くんは、目を覚ましている私に気づいた。

「起きてたんだ」

「……おはよう」

 服を着ていなかったので、慌ててシーツを首元まで引き上げ、身体を隠しながら朝の挨拶をする。

「……隠す意味ある?」

 彼はフッと意地悪に笑い、「もう全部見てるし」とでも言いたげな視線を向けてくる。
 そのまま、ベッドの端にギシッと音を立てて腰かけた。

「…………」

 恥ずかしすぎて返す言葉もなく、シーツをぎゅっと掴んだまま黙り込む。

 そっと顔を寄せられた。
 反射的に瞳を閉じたけれど、数センチ手前で、ふとその気配が止まる。

「……やべ。あぶねー」

 彼は我に返ったように顔を逸らし、小さく呟く。

 そのまま立ち上がって、私に問いかけた。

「朝飯、いる?」

 ◇

 ローテーブルの上に、朝食が並べられていく。

 バターを塗ったこんがりトーストに、瓶詰めの苺ジャム。
 そして、淹れたてのブラックコーヒー。

「……わあ、美味しそう。いただきます」

「んー」

 外はよく晴れていて、窓の隙間から心地よい風が入り込んでくる。
 その柔らかな空気と、コーヒーやトーストの香りが混ざり合って、部屋の中を穏やかに流れていた。

 苺ジャムをたっぷりと乗せたトーストを一口かじる。

(わ、懐かしい)

 この甘酸っぱい味、いつぶりだろう。

 ふとテーブルに置かれたジャムの瓶を見ると、新品ではなく、もう三分の一くらいまで減っていた。

「……好きなの? 苺ジャム」

 思わず聞くと、彼はトーストをかじりながら平然と答える。

「うん。一番美味くね?」

(……その顔で、苺ジャムが一番好きなんだ)

 意外すぎるギャップに、ちょっとにやけそうになるのを必死に堪える。

「なに?」

 怪訝そうな顔で聞かれ、「いや、別に……」と誤魔化した。

「あ、ごめん。そういえば、ブラックだけど飲める?」

 彼は淹れたてのコーヒーを顎でくいっと指した。

「うん、好き」

 マグカップを手に取って口をつけながら答えた直後、ハッとした。

(いや……『好き』なのは、コーヒーだからね!?)

 自分自身の発した言葉が、まるで『芦田くんが好き』と言っているような響きに聞こえてしまって、一人で勝手に焦る。

「…………」

 それを誤魔化すように、熱いコーヒーを啜った。

 ◇

 朝食を終え、食器を片付けようと手を伸ばすと、「いいから」と制されてしまった。
 彼女でもないのに、無理にキッチンに立つのも図々しい気がして、ここは大人しくお言葉に甘えることにする。

 ベランダの窓際。
 ガラス戸を開けて縁に腰掛けると、あたたかくて気持ちのよい陽だまりと、柔らかい春風に包まれた。

 部屋の奥から聞こえてくる、彼が食器を洗うカチャカチャという音をBGMにしながら、そっと目を閉じる。

 ここに来るのはまだ二回目なのに、なんでこんなに居心地がいいんだろう。
 私たちは恋人でもないし、もしかしたら、まだ友人と言える関係ですらないかもしれないのに。

 そういえば前回も、朝になってもさっさと追い出されるようなことはなく、この空間の心地よさに甘えて、だいぶゆっくりさせてもらってから帰ったのだった。

 水音が止み、代わりに彼の足音が近づいてくる。
 背後に気配を感じた次の瞬間、私をすっぽりと包み込むようにして、彼がすぐ後ろで腰を下ろした。

「終わったよ」

「…………っ」

 わざと耳元を掠めるように落とされた低い声に、身体が震えてしまう。

 たまらず振り返る。
 そして引き寄せられるように、自分から彼にキスをしてしまった。

「…………」

 少し驚いたように目を見開いた彼だったが、黙ったまま私の唇をじっと見つめ返してくる。

 そして、そのまま背後の床へ仰向けに倒れ込みながら私の腕をグッと引き、彼の上に乗っかるような形にさせられた。
 あえて受け身の体勢をつくって、目で私を促してくる。

 その意図通り、私は彼を見下ろしながら、自分から何回も唇を重ねた。

 やがて、彼が私の身体をクルッと反転させ、今度は私が下になるように入れ替える。
 そして彼の方から、覆い被さるようにして、熱いキスが何度も返された。

 陽だまりにあたためられたフローリングの床の上で。
 私たちは長い時間、飽きもせずにただ唇を重ね合っていた。