面識のなかった同級生と名前のない関係になったら、隙間なく重なる相性で離れられなくなった【完結】

「ではでは! カンパーイ!」
 藤崎くんの明るい声とともに、四人のグラスがコツンと音を立てる。

 随分前から藤崎くんが提案してくれていた、藤崎くん、杏奈、私、そして史人の四人での飲み会。
 外はまだ冬の寒さが残る、春の始まりの手前。
 杏奈のリクエストで選んだ沖縄料理屋さんは、南国の賑やかな雰囲気と、週の真ん中とは思えない活気にあふれていた。

「てかさー。二人が付き合ったのもびっくりしたけど、まさかもう同棲までいくとはね」
 ビールを一口味わったあと、藤崎くんが目を丸くして言う。
 他人から『同棲』というワードを突きつけられると、なんだか急にこそばゆい。

「いつ? 引っ越し」
「再来週」
 海ぶどうを箸でつまみながら答える史人。
「ふんふん」

「……で、結局どっちからなの? きっかけは?」
「……まあ、いいじゃん。別に」
 ここぞとばかりに核心の質問に切り込んでくる藤崎くんに対し、史人はいつものように気怠げに受け流そうとする。
 私も、小さく笑って誤魔化す。
 これまでの経緯を断片的に知っている杏奈は、余計なことを言わないように黙ってちびちびとサワーを飲んでいる。

「じゃあさ。お互い、どこがいいの?」
 史人から一切の事情を聞かされていないらしい藤崎くんは、気になって仕方がないという様子で身を乗り出してきた。

 史人は「あー」と少しだけ考えるふりをした後。

「……相性」

 とだけ、短く呟いた。

(…………ちょっと!?)

 その言葉に含まれたニュアンスに焦って、私は無言で彼を睨む。
 杏奈も控えめではあるが、小さく目を見開いて史人をうかがっている。

 当の史人は、私を慌てさせて面白がっているような、悪戯な笑みを浮かべていた。

「あー、相性ね。大事だよな、性格とか雰囲気とか」
 史人の真意に気づいていない藤崎くんは、一人で深く納得しながらビールを飲んでいる。

「でも、史人は本当に秘密主義だからな。同棲もびっくりだけど、そのリングも。てかなんで史人だけ付けてんの?」

 たしかに、ペアリングならともかく、男側だけが付けているケースは珍しいかもしれない。

「あー……虫除け」
 心底面倒くさそうに、史人が言い放った。
 彼はもう、メニューを見て次の一杯を注文しようとしている。

 藤崎くんは史人のモテ歴を熟知しているのか、「ああ、なるほどね」とこれまた納得していた。

 ◇

「ちょっと、煙草」
 途中、史人がふらりと腰を上げた。

「あ、忘れてるよ」
 テーブルに置き去りにされそうになったライターを咄嗟に手渡す。
「やべ」
 彼は私からそっとそれを受け取ると、そのまま喫煙所へと向かった。

 その自然なやり取りを見ていた藤崎くんが、しみじみと言った。
「あんな感じだけど、よろしくお願いしますね。高梨さん」
「あっ、うん」
「なんか二人って、不思議な空気感だよな」
「わかる」
 杏奈も深く同意した。
「付き合ってるように見えない時もあるし、逆にもはや夫婦に見える時もあるっていうか」

 私は思わずレモンサワーを喉に詰まらせて咳き込んでしまう。

「てか、普段なんて呼んでるの?」
 にっこり笑って、さっきの質問攻めを再開する藤崎くん。

 そういえば、二人の前で一度も名前で呼んでいなかった。

「……普段は、下の名前で呼んでるよ?」
 隠そうとした照れが、たぶん隠せていなくて、目の前の二人はニヤニヤしている。
「意外に初々しいな!」
「……あの顔面を、なかなか呼び捨てしづらい」
 お酒の勢いでつい本音が漏れると、「いや、彼氏じゃん」と二人から笑われた。

「まあ……一応」
「『一応』!? 今さら!?」

 二人にツッコまれているところで史人が帰ってきたので、自然と別の話題へと流れていった。

 ◇

「えー! 飲み足りないよ。二軒目行こうぜー?」
「いや、帰るわ」

 店を出た後、駄々をこねる藤崎くんを、史人がいつもの調子で軽くいなしている。

(本当に家が大好きだよね)

 心の中で苦笑いしながらそんな彼を見ていると、隣にいた杏奈がそっと声をかけてきた。

「なんか、安心した」
「え?」
「今の澪、すごく幸せそう。なんていうか、ありのままに見える」
 杏奈は少しだけ目を細めて、私の顔を覗き込んだ。
「拓巳と付き合ってる時はさ、平和ではあったけど。澪が悟りを開こうとしているような、全部受け入れようと頑張ってる感じがあったから」

 言われてみれば、たしかにそうだったかもしれない。

 史人は甘い言葉をくれるわけではないけれど、行動はいつもブレない。
 だから、私も無理な努力をせずに、自然と思いやりを返せている気がする。

(杏奈にも、そう見えるんだ)
 胸の奥がじんわりと温かくなった。

 結局、諦めきれない藤崎くんに、杏奈が「はいはい、私が一杯だけ付き合ってあげるよ」と助け舟を出した。
「マジで!?」と喜ぶ藤崎くん。

 二人に恋の気配はまだないけれど、前よりも仲は良さそうだ。
 藤崎くん、よかったね。

 ◇

 杏奈と藤崎くんに手を振って別れ、史人と二人きりになった瞬間。
 まるで磁石が引き合うように、いつものように指が深く絡まった。

 私の手のひらは、この瞬間を待ちくたびれていたかのように、彼の熱に喜んでいる。

「藤崎くん、二軒目行きたがってたね」
「まあ、また今度行けばいーじゃん」
「ほんとすぐ帰りたがるよね。インドア派」
「……まあ、どちらかといえば」
 史人は前を見つめたまま、淡々と答える。

「いやいや、完全にそうでしょ。外に誘っても、やたら早く帰りたがるし」
 家で過ごす時間も好きだけど、彼と行ってみたい場所もあるのが本音だ。
 私が少しだけ不満げに言うと、彼は不意に足を止めて私を見た。

「……いや。それは、澪と外にいるの、しんどいから」

「え!?」
(どういうこと!?)と焦って聞き返す。

「隣にいるのに触れないとか、ただの罰ゲームじゃん」

 あまりに平然と言い放った史人。

「…………」

(……そういうことだったの!?)

 映画や買い物に誘っても、なぜかいつも落ち着かない素振りで、早めに切り上げようとしていた彼。
 その姿を思い出し、拍子抜けすると同時に、あまりにも直球なその本音に顔が熱くなる。

「……あ、そう」
「だから、早く帰ろーぜ」

 フッと笑って、繋いだ手を引いて歩調を早める彼。
 私は照れくささを隠せないまま、彼についていった。

 今日もまた、二人のシーツの中に帰っていく。